しっかりとした精神状態にある者は、苦もなく現実を直視することができる。逆に、もろい精神状態の者は、現実を直視できず、ポジティブシンキングに逃げることがある。
■ポジティブシンキングとは何か
ポジティブ・シンキングとは「なんでも前向きに物事を考えればそれは実現し、人生はうまくいく」という考え方である。
その歴史は意外と古く、ユダヤ教の箴言が由来との説もあるくらいだ。
でも、直接的なルーツは19世紀にアメリカでおこったニューソート(New Thought、新思考)と呼ばれるキリスト教系の宗教運動である。「思いは現実になる」という考え方の源流はここにある。
ただし、この言葉がここまで浸透したのは、やはり「ザ・シークレット」(ロンダ・バーン)によるところが大きいだろう。
2006年に発売されたこの本は、ポジティブシンキングと引き寄せの法則を主題に、ざっくり言えば「お金を引き寄せる方法」を説いたものである。
余談だけど、引き寄せの法則の普及にはマルチ商法の手法が使われたとアメリカの著述家ロバート・キャロルは指摘している。
そのマルチ商法のお陰かどうかは知らないけれど、全世界で2000万部という大ヒットをし、日本においても引き寄せの法則という言葉はずいぶんと浸透した。
私の周りにもたぶん何十人もの人間がこの言葉を使っていた気がする。
ちなみに「引き寄せの法則」は心理的な効果はあるだろうけど、それ以上のものは無いと言われている。
むしろ、物質的豊かさに過度にフォーカスしていることや極度に単純化された教えなどに対して批判があり、今となってはパロディーのネタですらある。
■ポジティブシンキング信者という病気
このような歴史を持つポジティブシンキングだけど、今だに信奉者がいるのは、それなりに説得力があるのと、実際に行った際、効果があるように感じられるからだろう。
一応言っておくけど、私はポジティブにものごとを考えること自体を否定するつもりはない。
先行き不透明な現代社会において積極的に思考し動くことで事態を開こうとする考え方は、いたって真っ当だと思っている。
積極的な行動により、複雑ネットワークの研究で解き明かされている「スケールフリー性」「スモールワールド性」「クラスター性」につながれば、予想外の成功が向こうからやってきた感触があるのは確かだと思う。
また、ポジティブな状態の脳は、ネガティブな状態の脳より31%生産性が高くなり、販売で37%成績が上がる、という研究結果もある。(ショーン・エイカー)
だから人間にとってポジティブが有意義なことは間違いないと思っている。
でも、これが行き過ぎて信者レベルになると話は別だ。
「現実を直視しない」「深く考えずにノリの良い方向へ進む」「逆にノリの悪い人や耳に痛いことを指摘してくれる人をネガティブな人だと排除する」など、有害な面が顔を出す。
過度なポジティブシンキングに警鐘を鳴らしているひとりに「ポジティブ病の国アメリカ」の著者バーバラ・エーレンライクがいるが、彼女は「成功するには一生懸命働き、現実的であることが大事」と、ポジティブシンキング信者が陥りやすい短絡さを一刀両断している。
当たり前であるけど人生に近道なんてない。
■実際の生き残り思考法
ちょっと昔の本だけど、「ビジョナリカンパニー2飛躍の法則」の中で紹介された「ストックデールの逆説」は、ポジティブシンキングの危うさと実際の生き残り思考法がよく分かるのでここで示したい。
ベトナム戦争の時、過酷な捕虜生活の中生き残ったストックデール将軍に生き残りの秘訣を聞こうとした記者は次の質問をした。
「耐えられなかったのは、どういう人か?」
それに対して、ストックデール将軍は、「楽観主義者だ。そう、クリスマスまでには出られると孝える人たちだ。クリスマスが近づき、終わる。そうすると、復活祭までには出られると考える。そして復活祭が近づき、終わる。つぎは感謝祭、そしてつぎはまたクリスマス。失望が重なって死んでいく」と答えた。
しかし、続けて次のことも言った。
「これはきわめて重要な教訓だ。最後にはかならず勝つという確信、これを失ってはいけない。だがこの確信と、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかで、もっとも厳しい事実を直視する規律とを混同してはいけない。」
つまり、極限状態のなか生き残るためには、①最後にはかならず勝つという確信、②厳しい事実を直視する規律(discipline)、の両方が必要ということである。
確かに、伝記になるような偉人、成果を出している経営者、ノーベル賞受賞者、オリンピック選手やプロスポーツ選手・・・、これらの人たちは、概して、この二つの行動原理を持ち合わせているように感じる。
この行動原理は、ウェレスリー大学ジュリー・ノレム博士の言うところの「防衛的悲観主義」も近いので併せて紹介する。
防衛的悲観主義とは、戦場のような極限状態の中において、最悪の事態を想定した上で状況判断をすることで成果を上げ続ける人たちが持つ傾向のことである。
彼らは、現実を直視し、考えられる結果を鮮明に思い浮かべることによって、その対策を操ることで極限状態に対処している。
ここまで行けば、ネガティブシンキング(笑)である。
ネガティブシンキングは冗談として(半分本気だけど)、問題は「ポジティブか、ネガティブか」じゃなくて、現実直視できるだけの精神状態にあるかどうかだということが見えてきた。
しっかりとした精神状態にある者は、自然に「最後にはかならず勝つという確信」を持ち、苦もなく現実を直視することができるのに対し、もろい精神状態の者は、物質的な成功を求めだし、現実逃避に走り、その方便としてポジティブシンキングを標榜する、ということだ。