■ある「言われたこともできない人」の事例
上司:君が初担当した○○案件の請求書を明日までに発行しておいてくれないか。
新人くん:はい、請求書ですね・・・(請求書って名前の書類を作れってことかな?)すみません、どういう書類なんでしょうか。
上司:そうか君はうちの書式をまだ知らないんだったか。これと同じものを作成してくれ(他社に出した請求書のコピーを見せる)
新人くん:あ、このとおりに作ればいいんですね?
上司:出来上がったら私の机の上においといて。
新人くん:はい
(翌日)
上司:なんじゃこりゃ、昨日見せた他社宛の請求書と宛先も件名もぴったり同じものを作りおって!
新人くん:え、だってこれと同じものを作成するようにって・・・
■「言われたこともできない人」ってどんな人?
笑い話みたいな事例だけど、あるクライアントから実際にあった話として聞かされたものである。そのクライアント(上司)いわく、「言われたこともできない人」なのだそうだ。
確かに、請求書とは「契約に基づく代金の支払いを求める意思表示」なのだから、その効果の無い「請求書と書かれただけの紙」を作ったって、何もしなかったに等しい。その意味では、新人くんを「言われたこともできない人」と評価したのも分からんでもない。
でも新人くんの立場に立てば、まったく経験のないことを指示されたのだから、できなくても仕方ない、と言いたいところだろう。
甘い見方と言われそうだけど、このような部下を育成できなければ、これからの時代はやっていけない。
というわけで、人がどいう風に認識を広げ、環境に適応していくのか。発達について考えてみた。
■成人発達理論による考え方
発達度とは成人発達理論による考え方なのだけど、この理論はピアジェが切り開いた発達心理学がもとになっており、その後、フィッシャー、キーガン、ウィルバーといった何人かの学者によって大人の発達段階を説明する理論として構築されている。
この成人発達理論によれば、大人になるということは、ざっくり言って「抽象度が上がること」である。
「抽象」と聞いて誤解している人がいるかもしれないけれど、抽象とは、あやふやとかあいまいといった意味じゃない。「具体」の反対語であり「概念」のことを言う。例えば、「みかん」の抽象度を上げれば「果物」といった感じに広い概念で捉えることだ。
では、どうして我々は「みかん」と「果物」の関係が分かるのだろうか。
簡単に言ってしまえば、子どもの頃から「みかんは果物、犬は動物、○○は××・・・」って繰り返しトレーニングしてきたからである。
このトレーニングによって、みかんは食べ物であり、甘酸っぱい味がして、もともと木になりるものであり、加工したらジュースになり・・・、と言葉の意味が「空間軸」にも、「時間軸」にも広がり、何が果物で、何が果物じゃないのか、応用的な判断ができる、というわけだ。
請求書の例で言えば、最初は「請求書と書かれた紙」という認識であっても、次第に「顧客に対する意思表示」なのだと知るようになり、やがて「法的な権利の履行」とか「社会を維持するために必要なツールのひとつ」って感じに、認識が発達するのである。
そういうことなので、発達度の低い人とは必ずしも頭が悪い人ってわけじゃない。その分野における経験が少ないために時間的・空間的知識の結びつきが弱いだけなのである。
■発達度の高い人の答え、低い人の答え、その違い
ここでもう一つ事例を挙げる。もし「請求書セミナー」を開催したらどうなるか、という想像である。
講師:お客様からお金をいただくために最も必要なことを3つ挙げてください。
発達度の低い受講生
「請求書を作る」
「請求書を渡す」
「振り込まなかったら催促する」
発達度の高い受講生
「まず、しっかりした契約書を結ぶ」
「次に、商品に満足してもらう」
「そして、しっかりした請求書を出す」
どうだろう、後者のほうが「時間軸」「空間軸」ともに知識と知識の結びつきが広いことが分かると思う。
ちなみに実際のセミナーで、上記のような「請求書セミナー」を開いたとしたら、後者のような発達度の高い答えにできわすことは意外と少ないものだ。自分の得意としている分野以外の発達度はそんなに高くはないものである。
みんな新しい分野に入ったら「言われてもできない人」であり、失敗しながら学んでいく。ここに人財育成の基本がある。