人って、けっきょく自分が成長できない組織には居たがらないものだ。給料がいくら良くても辞めてしまう人がいるのは、その人にとって「自己決定性」も「意義・やりがい」もないからだと思う。

■人は面白くない組織にはいたがらない
学園祭の打ち上げで抱き合って喜ぶメンバーの中、ひとり白けている人間が混ざっていることは、よくある光景だよね。

 

当たり前だけど、チームで何かを達成したら、メンバー全員で喜ばなければならない、なんてことはない。

 

しらけているメンバーに対して「お前もちっとは喜べよ」って言ったところで、それは無理ってものだ。

 

こういう風に書くと「ああ、そういう嫌な奴いるよなあ」って、ちょっとイラッとした記憶がよみがえる人もいそう。

 

でも、こういうことって、あなたにだってあるんじゃないかな。

 

人は誰でも自分にとっての「面白い」があり、十人十色、必ずしもみんなと共有できるわけではない。

 

■人は「面白い」を求めて渡り歩く

 

人生って、けっきょく「面白い」を求め続けること、だと思う。

 

うまい具合に「面白い」を見つかって、それを探求できた人は、たぶん満足できる人生になるだろう、ってことだ。

 

ここで言う「面白い」とは、「自己決定性」と「意義・やりがい」の相乗効果のことである。

 

ちなみに「自己決定性」とは、「自由意志に従って行動すること」なんだけど、子どものころはみな普通に発揮していたはずだ。

 

でも、大人になったら、だんだん制限が多くなり、意義ややりがいがないと自己決定性も発揮できなくなってしまう。

 

つまり、意義ややりがいが自己決定性を高める役割も下げる役割にもなるってこと。

 

反対もしかり、自己決定性がある程度高まらないと意義ややりがいは見つからない面もある。

 

この構図をSCCTモデルに当てはめたら次のようなイメージになる。

 

面白いの構造

 

話は飛ぶけど、大谷翔平がメジャーに移った時、年棒が4分の1以下になったのは覚えているかな。

 

いきさつ上そうなったとも言えるし、生涯収入を上げるために目先の給料を蹴ったという見方もできるけど、それだけじゃないだろう。

 

彼は、メジャーでも通用するという「自己効力感(自信)」があり、周囲からの「結果期待(意義・やりがい)」も肌で感じていたから、子供のころからの目標だったメジャー行きを選んだ、と考えることもできる。

 

その際、年棒は4分の1以下になろうが、彼にとってはどうでもよかったのである。

 

もちろん、大谷の本音はどうだったのか、なんて知る由もない。

 

でも、私が大谷翔平の立場だったら、やはり同じ選択をしたんじゃないかな。

 

人は「面白い」を求めて渡り歩くようにできている、と思うからだ。