ハイデガーの「存在と時間」は経営ビジョンづくりに応用できそうだ。死を先駆することでビジョンが明確になり、そのビジョンから決意(先駆的決意性)をし、そのビジョンに向かって投企し続ける。まるで起業家的生き方だ。
ハイデガーの「存在と時間」を解説した本に、「存在について書かれているが時間についてはほとんど触れていない」なんて書かれていることがある。
これを読むと「この著者は存在論と認識論の違いを分かっているのか?」なんて勘ぐってしまう。
確かに本の題名が「存在と時間」にも関わらず、先駆的決意性とか、気遣いとか、一見、心理学や人生論でも展開しているのかと思うような話ばかりで、「時間とはいったい何か?」みたいな話はほとんど出てこない。
でも、それがハイデガー流の「存在と時間」に関する答えなのだろう。
私ごときが解説するのも何だけど、ハイデガーが言いたかったことは、ぶっちゃけ「存在=時間」なのだと思う。
現在の量子力学を知っている我々なら「存在=時間」は何となく理解できる話である。
量子の世界では時間がない、つまり空間もなく、我々が観察する時としない時で起こる現象が異なるなど存在もあやふやである。
カントは「もの自体は不可知(人間では知ることのできない領域)だ」と言ったけど、量子力学を知ると、目の前のある物質や当然のように流れている時間でさえ真に存在するとは言えなくなる。
これらの知見を踏まえた上で、ハイデガーの言いたいことを要約(超約?)するなら、次のような感じかな。
"時間も空間も実在するかどうかも疑わしいにも関わらず、我々(現存在)は時空連続体の流れにそって、様々な事物や他者が存在するかように感じて生きている(世界内存在)。そして周囲の人やものに翻弄(気遣い)されながら近視眼的に生きている(ダスマン)。"
"これは本来的な生き方ではない。自己存在も散逸構造のひとつだと知り(死の先駆:先駆的決意性)、自己の可能性を発見するための行動(投企)し続けることが本来的な自己存在(実存)というものだ。"