人は空っぽ状態になった時、なぜか向こうから転機がやってくる。何かを求めて積み上げている人には、誰かが、その人にとって「シックリ感」のあるピースを載せてくれる。こういう直感をプリコラージュという。
 

サラリーマンを辞めてから12年、ときどき不思議なことが起こる。

 

自分の中で大きな位置を占めた仕事が失われると、なぜかタイミングよく求めていたキャリア形成につながる仕事が来るのである。

 

「こりゃあグッドタイミングだわ」とその機会に乗ると、また次なる課題が現れ、そうしたらまたドンピシャリな次の機会が勝手にやってくる。

 

そういう不思議なことが何回もあった。

 

それはたいがい、仕事を失い、仲間が去った時、言ってみれば「空っぽの状態」になった時に起こっている。

 

試練のような顔をしながら転機となる役割が回ってきた。

 

こんなこと自分だけじゃなかろうかと思いきや、聞けば多くの人が似たような経験をしているらしい。

 

どうしてこんなことが起こるのだろう。

 

どうやらキャリア形成とは、本人が思う以上に周囲に解放されていて、無自覚のうちにみんなで積み上げ合う側面もありそうだ。

 

■「シックリ感」はさまざまな分野でお手軽かつ正確なセンサーとなりうる

 

キャリアの話から、ガラッと変わって石垣積みの話をする。

 

石垣の積み方のひとつに穴太積みというものがある。

 

これは鎌倉時代からある古い石垣積みの方法で、自然石をそのまま積み上げ、石垣奥に小さな「栗石」を大量に入れるやり方である。

 

自然石をそのまま上に積み上げるやり方って言うのだから、たぶん、職人が下の石積み状態を見て、「シックリ感」を頼りに石を選ぶだけのことだろう。

 

このように原始的な方法でありながら、この穴太積みは現代のコンクリートブロック壁よりも強固らしい。

 

これは京都大大学院で行われた比較耐力実験で明らかになっている。

 

なんでも上下との接合点が奥まった個所にあるので地震によって接合点が若干ズレでも余裕があるからだそうだ。

 

ホント、職人技ってやつはあなどれない。

 

熟練者の「シックリ感」は、へたな科学よりも正しい場合が多い。※

 

※このように適当だけどなぜかうまくいくことを「ブリコラージュ」と言う。レヴィ・ストロースは「科学を知らない人の科学」と言った。

 

■機会は何かを積み上げている人にしか回ってこない

 

どうも人間は「シックリ感」というセンサーで色々なことを判断できる動物のようだ。

 

「これはピッタリしそうだ」とか、「これはちょっと違うかな」って感じに選択し、実際にはめ込んでから「やっぱりピッタリだった」とか、「ちょっと違ったか」とか、判断しながら物事を進めるとうまい具合に落ち着く。

 

これは何も石積みの話だけじゃない。

 

冒頭に書いたキャリア形成だって同じである。

 

もし目の前に積み上げ途中のようなキャリアの人がいたとしよう。

 

手持ちのピースを上に積むことで「シックリ感」が得られるのなら、無自覚のうちに機会を回すのではないだろうか。

 

なんとも能天気な仮説に見えるだろうけど、必ずしもそうとは言えない。

 

機会とは、何かを積み上げている人にしか回ってこないのだから、そんなに甘くはない。