日本の労働生産性が低いのは「段位文化」が深層にあるからだと思う。日本の「段位文化」には、「人格形成と品質向上の両立」というメリットがある反面、「商品のガラパゴス化」「年配者優遇」「不必要なリスク回避行動」「成果無視」に陥るリスクがある。今の日本企業は段位文化の負の側面にはまりこんでいるように見える。

 

G7就業者1人当たり労働生産性

出典:日本生産性本部「労働生産性の国際比較2017年版」

 

米国と比較したG7就業者1人当たり労働生産性

出典:日本生産性本部「労働生産性の国際比較2017年版」

 

日米の産業別生産性(1時間あたり付加価値)と付加価値シェア

出典:日本生産性本部「日米産業別労働生産性水準比較」2016/12/12

 

労働生産性構成比(規模別、業種別)

出典:中小企業白書2016
 

■日本の労働生産性が低い理由

日本の労働生産性が低い理由を書いた本やブログを調べてみたが、切り口はだいたい次のとおりだ。

 

①ホワイトカラーの生産性が低いとかサービス業の生産性が低いといった傾向だけ述べたもの

②儀式と化した会議、アリバイのための書類といった日本企業の問題を指摘するもの

③残業代稼ぎのための残業、仕事のための仕事といった日本のサラリーマンの行動様式を批判するもの

④そもそも日本の労働生産性が低いとする計算にからくりがあるので惑わされてはいけないとするもの
⑤経済学的な解説、例えば消費者余剰が高い(要するに財布の紐がかたい文化)国だからだとするもの

 

①は単に傾向を述べているだけなので論外である。知りたいのはなぜそうなったのかなのだがそれに答えていない。

②や③はサラリーマンなら実感のある説だが、これもまた「なぜ?」には答えていない。

④についてはまことしやかに語る人がいるのでこの後少しだけ考察をしたい。

⑤は説得力を持つが、なぜそうなのかについて踏み込んでいない。

 

■日本の労働生産性は本当に低いのか?

確かに日本生産性本部が出している労働生産性の国際比較には計算上のからくり?みたいなものはある。よく指摘されるのは次の2点である。

 

①労働生産性は実質GDPを就労者数で割ってだしている。つまり失業率が高ければ高いほど、その国の労働生産性は高いことになり、まるで景気と労働生産性は反比例するかのようになる。

 

②日本生産性本部は国際比較を購買力平価で行っている。日本は80年代後半から90年代前半までドル円の購買力平価は実勢値より50円くらい安かったので、この時代に関してではあるが、日本生産性本部の分析は必ずしも実態を現しているとは言えない。

 

しかし20年以上前ならともかく、2018年現在これらを言い訳として使うのはちょっと厳しい。失業率はかつてほどの差はないし、購買力平価に至ってはむしろ有利な数値に働いているくらいだからだ。

 

つまり、今の日本は本当に労働生産性が低いのである。一人あたりの稼ぎはアメリカ人の2/3しかないことを真摯に受け止める必要がある。

 

主要国の失業率

出典:グローバルノート

 

ドル円購買力平価と実勢相場の比較

出典:国際通貨研究所

 

■日本の労働生産性はなぜ低いのか?

それではなぜ日本の労働生産性が低いのか。経済学者の言う消費者余剰が高い文化(商品価値に対して販売価格が低い経済構造)説はそれなりに説得力がある。分かりやすい例えを使えば「電車の正確な発着時間」や「おもてなし」を要求する文化が、労働生産性を悪化させているということだ。

 

もしかしたら、日本だけにしか通用しないガラパゴス製品を生み出してしまうのも、この消費者余剰の高い文化が関係しているかもしれない。より良いものを欲しがるのは万国共通だろうが、日本の消費者余剰の高い文化はそれとはちょっと違う気がする。市場ニーズを超越した完璧さを求めているように感じる。
 

もちろん、消費者余剰の高い文化は悪いことではない。「電車の正確な発着時間」「おもてなし」「ガラパゴス商品」は成熟した文化の証とも言える。

 

でも、日本以外の国から見たら「なんで価格に転嫁されない部分にこんなにコストをかけるのか」と不思議がられる部分でもある。皮肉った言い方をすれば、日本人は好んで労働生産性を低くしているようにすら見える。


■段位文化が労働生産性を悪化させている
これら日本の消費者余剰の高い文化の深層には、日本人の「段位文化」があると思う。

 

段位文化とは、勝ち負けだけでなく人間としての成熟度や年功も勘案する文化のことだと思ってもらいたい。例えば武道など、年齢的にピークをはるか前に終えていても昇段できるのは段位文化ゆえである。国際的に通用するレーティングの考えと異なり、強さだけでなく成熟度や年功も判断材料になっている。

 

段位文化、すなわち「人の成長は修行した年月に比例する」という考え方が日本人の深層にあるから、日本人は完璧主義が強く消費者余剰が高くなり、日本企業は「年功序列」「終身雇用」「職能給」を採用することになったと考える。

 

一応言っておくけど、「年功序列」「終身雇用」「職能給」が悪いと言うわけではない。労働集約的な工業社会では、長い時間をかけて人材を育成する必要性があったので、「年功序列」「終身雇用」「職能給」はよい選択だった。

 

でも、労働集約的な時代を終えた現代では、「年功序列」「終身雇用」「職能給」はモラルハザードにつながる恐れがある。年配者優遇で、働かなくても給料をもらえる制度ともなりかねない。そして現にそうなっている。

 

また、消費者余剰の高い文化は過剰品質を助長するという弊害を併せ持つ。

 

例えば、欧米なら50点でも優勝すればチャンピオンになれるけど、段位文化の世界では100点を目指さなければならない。一見、素晴らしい話であるけど、ビジネスの世界では無駄なコストである。

 

どうやら日本人にとって過剰品質は美徳のようだ。

 

■具体的な労働生産性悪化要因

とまあ、日本の労働生産性が低い理由を述べてきたが、整理すれば以下のとおりである。

 

①商品サービスのガラパゴス化

・段位文化の勝ち負けよりも100点を取ろうとする考え方が、市場適応よりも自己満足を優先するガラパゴス商品、すなわち価格に転嫁されない機能を持つ商品サービスを創り出してしまう。

・消費者もまた段位文化に浸かっているため、過剰品質が当たり前と思い込み、さらなる消費者余剰の高い文化に拍車をかけている。

 

②年配者優遇

・戦後の労働集約的な工業社会の中で出来上がった年功序列・終身雇用・職能給に段位文化が加わり、年配者有利の既得権となった。

・段位文化の持つ勝ち負けよりも人間性が大切という考え方が、人の評価をあやふやにし、年功序列・終身雇用・職能給の悪い面(モラルハザード)を助長した。

 

③不必要なリスク回避行動

・段位文化の勝ち負けよりも100点を取ろうとする考え方が、完璧主義・減点主義につながり、印鑑が羅列する稟議制度、儀式と化した会議、アリバイのための書類など、生産性の悪化に拍車をかけている。

 

④成果無視

・段位文化の持つ勝ち負けよりも人間性という考え方が、必ずしも成果は重要ではない、という言い訳につながり成果無視の行動(仕事のための仕事、仕事のフリなど)を増やした。

・成果よりも能力と言いながらも実際は人の評価があやふやなので能力も育たず、個人の生産性はずっと低いままで止まっている。