組織のトップが嫌わるのは当り前である。トップの性格とか、何をやったとか、実はあまり関係ない。以下の3点の理由でトップは嫌われる。

  1. 人間は必ずグループ化し、グループ化したら必ず対立したがり、対立先のリーダーを悪者に仕立てる
  2. トップがビジョン・ミッションを持つこと自体、対立を生み出す
  3. トップの気持ちと裏腹に、フォロワーはトップの言葉を悪意に解釈しやすい

 
■人間は必ずグループ化し、グループ化したら必ず対立したがり、対立先のリーダーを悪者に仕立てる
組織って、物理現象と言ってもよいくらい、放っておいたら必ず分裂と和合を繰り返すものだ。

 

人は、このような組織現象を見たとき、特定の誰かが引き起こしたものと考えたがるけど、個人が及ぼすことなんてたかが知れている。

 

さも、「オレ様」がやったことのように吹聴するけど、成り行きでなったことは見え見えだ。

 

例えば、政界再編ってやつ。

 

さも誰かの理念に従って動いているように言っているけど、くっついたり離れたりする姿をずっと見続けさせられていると、リーダーが誰かだとか、理念だとか、そんなもの後付けなんだなあ、って分かってしまう。

 

そして、それが分かると、組織がつねに敵対相手を攻撃している理由もわかってくる。

 

いつ分裂するか分からないから、トップは求心力を高めようとしているのだ。

 

そして後付けの理屈に騙され、群集心理※に陥ったフォロワーはそれに乗っかって熱狂する。

 

そこに理念なんかない。

 

※群集を構成する人々のさまざまな感情や観念が、同一の方向に収束していく心理的機制にかかわる理論仮説として、アメリカの社会心理学者R・H・ターナー(Ralph Herbert Turner)は「感染説」「収斂説」「創発規範説」をあげている。


■トップがビジョン・ミッションを持つこと自体、対立を生み出す
トップの仕事は、ぶっちゃけミッション・ビジョンを持つことである。

 

でも、考えてもらいたい。

 

ミッション・ビジョンを持つってことは、それはすなわち現状を否定する意味でもある。

 

「変革」と言えば聞こえは良いけど、それによって否定される集団や権利は必ず存在する。

 

否定された集団にとって、トップの掲げたミッション・ビジョンは許しがたい暴挙ってことだ。

 

あらゆる集団が納得するミッション・ビジョンはないとしたら、トップの掲げるミッション・ビジョンは必ず対立の種になる。

 

それでも会社なら「利益」という目的は共有されているし、雇用契約で組織が成り立っているから、たいがいの従業員は社長のミッション・ビジョンに従ってくれる。

 

例え、社長のミッション・ビジョンが変わり廃止になる部署があっても、そこの構成員は首にはならないだろうし、雇用は維持されるだろうから、せいぜい飲み屋で悪口を言う程度で治まる。

 

ところが身分の保証がされていない集団、例えば政治の世界はそうではない。

 

トップのミッション・ビジョンは、ある一部の利権を否定することにつながるので、当然、血みどろの対立になる。

 

支持者にとって素晴らしい政策も、それによって割を食う集団にとって最悪の政策ということはままある。

 
■トップの気持ちと裏腹に、フォロワーはトップの理念・ビジョンを悪意に解釈しやすい
言葉という道具は、見えないし、触れないし、いかようにも解釈されるという欠点がある。

 

たとえ同じ言葉を発しても、時代、人、立場、その時の気分によって、いくらでも解釈が変わるのが言語である。

 

ミッション・ビジョンも言葉である以上、必ず誤解される。

 

真意が伝わることなど、まずありえないと考えたほうがよい。

 

多くの会社の社長が「なぜ、うちのビジョン・ミッションは、従業員に伝わらないのか」と嘆いていると思うけど、これは言葉の原理上仕方のないことである。

 

確かに、ミッション・ビジョンが従業員にしっかりと浸透している(と思われている)会社もたくさんある。

 

業績の良い会社であるほど、ミッション・ビジョンは根付いているだろう。

 

でも、それは社長の言いたいことを哲学レベルまで理解しているのかと言ったらそうではない。

 

単なるスローガンや行動指針として理解しているだけの方が多いと思う。

 

だから、ちょっとでも従業員にしわ寄せが回るような指示令が出たら、彼らはミッション・ビジョンを悪意に解釈しだして、社長の人格攻撃をするようになる。

親の心、子知らず。社長の心、社員知らず
 
(余談)内閣支持率が上がったり下がったりする理由
上記を読んでもらえれば分かるとおり、組織トップは、構造的に嫌われるものである。

 

小さな組織ならともかく、大きな組織になればなるほど、共通の敵がいる時しか好かれることはない、と言ってよい。

政治の世界では「風が吹く」という現象が時々起る。

 

「小泉旋風」「民主党の政権交代」「大阪維新の会」「安倍内閣」「都民ファーストの会」。

 

どれもこれもその前の政権等がひどく嫌われていたことを思い出してもらえば、反動で支持が集まったことが分かるだろう。

 

共通の敵がいる時に「風が吹き」、敵がいなくなったら悪の権化のように言われるのがトップのさだめである。

 

いま話題の「かけもり問題」だって、その現象が現れているに過ぎないんじゃないかな。

 

安倍首相の説明がどうのこうのとマスコミは言っているけど、冒頭に書いた3つが重なり合って噴出しているだけのことだと思う。