私は小学校6年生の時に、目黒区から江東区に引っ越しました。
江東区には、大学生になるまで7年間、中高時代を主に過ごしました。
そんな江東区へ足を運ぶ機会がなかったのですが
昨年、江東区時代によく行っていた
食べ歩きで有名な「砂町銀座商店街」のお仕事の話が舞い込んできました

久しぶりの商店街を歩きました。
↑超有名な「魚勝」さんは相変わらずの大賑わい!
歩いているだけでワクワク



お仕事の内容は
「砂町銀座商店街」のホームページのリニューアルと
webCM制作のお話!
4社ぐらいのコンペだったのですが
「砂銀愛」を伝えて、弊社にご依頼いただくことになったのです



↑そしてこんな募集をさせていただきオーディションを行いました💕
オーディションの時には、中学時代の親友も
遊びに来てくれて、久しぶりの再開

そして、無事にホームページもwebCMも完成できました!
ちなみに今回はオリジナルソングも作っています


完成したものは
コチラ!
(商店情報は、今、商店街の方が必死に入力中です

)
実は、今回、久しぶりに江東区へ行き
ここ何年も会ってなかった伯母と再会ができたことで、
色々私の中に変化が生じました。
打ち合わせで砂銀へいく度、顔を出していたのですが
そこで伯母が最近、大変辛い思いをしていたことを聞きました
(信じられないぐらいに辛いことでした)。
私が江東区に住んでいた時、伯母家族と同じマンションに住んでいました。
伯母は早くに伯父を亡くし(私が高校生の時)、障がい者の娘(私の従姉妹)がいます。
しかし、80代の伯母一人で、体の不自由な娘のケアが難しく、今は施設に預けています。
従姉妹は昔から音楽が大好きで、私がピアノを弾くと嬉しそうに歌っていました。
そんな従姉妹は、年に数回だけ伯母のところに戻ってくるそうです。
そうすると「お母さん、お母さん」と嬉しそうに何度も呼ぶのだそうです。
そして施設に戻ることになると、ポロポロと涙をこぼすのだそうです。
独り暮らしの伯母は、食べるものは、コンビニで簡単なものを買っていると言っていました。
久しぶりに上がった伯母の家は、必要なものしかなくとても質素。
しかし、学生時代の友人とは、頻繁に食事をしたりお出かけをしていると聞き、安心しました。
家族の事情で、伯母としばらく会っていませんでしたが
久しぶりに再会する前に起った、酷い出来事を早く忘れてもらえるよう
これから伯母のためにできることは何なのか?
従姉妹のために何ができるか?
それを見つけて実行していくこと、それが私の使命なのかもしれないです。
おばちゃん、長生きしてね!