『ほぼ日手帳』を愛用してはや五年が経とうとしています。
一年が終わるころには、手帳の厚さは2倍以上に膨らんでいます。
その日に感じたこと、気になった記事、観に行った映画やコンサートの半券、メモ書きなどなど・・・
どんどん手帳の肉付きがよくなり(笑)、ふくよかになっていきます。
わたしは、「感じる」ことが大好きです。
それは、ヨガと出会ってから「感じる」ことは「生きる」上で大切な「気づき」を
もたらしてくれるものだと思うようになったからです。
そんな「感じる」ことの大切さを
糸井重里さんも昨日付けの『今日のダーリン』(糸井さんが日々書かれているコラム)で
書いておられたので、下記に紹介させて頂きます。
「感じる」こと、大切にしたいです。
・「いい考え」ってものは、どうやって生まれるか。
これについては、もうね、みんなが考えてますよ。
だって、「いい考え」が欲しいもん。
「いい考え」さえあれば、そこに肉付けしたり、
それを蒔いて育てたり、そのまんままるごと使ったり、
いろんな可能性があるもんね。
ぼく自身、どれほど「いい考え」を生んだことがあるか。
ま、たいしたものじゃないのは承知だけれど、
ぐずぐずしててまったく「いい考え」が出ないときと、
すっすっすっと流星群のように、
「いい考え」が降ってくるときがあるんですよね。
これが、ほんとうに説明しにくいことなんです。
ちょっとでも、法則化したいとは思うのですが、
捕まえようとすると、ぬるっと逃げるうなぎのように、
なかなか捕まってくれない。
でも、たまに「これかな??」と思うことがあるんです。
今回、思ったのは、
<やっぱり、感じることだ>
ということでした。
考えても考えても、「いい考え」にはならないんで。
「感じる」ことができたら、「いい考え」が生まれる。
「気持ちいい」でも「不自由だ」でも「めずらしい」でも
「うれしい」でも「きれいだなぁ」でも、
そういう「感じ」が、ものすごく小さな、
ピンポイントの枝の先に止まってることがあるんです。
大きい「感じ」や、経験済みの「感じ」や、
みんながよく語る「感じ」の他に、
「んっ」って思う「感じ」を、感じられたら、
それはもう「はだかの赤んぼう」のような
「いい考え」なんです。
散歩したり、お風呂に入ったり、新しい仲間に会ったり、
旅に出たり、すっごく困ったりすると、
「感じ」が見つかりやすくなるんですよね。
‥‥ってなことを、言いたい、書きたい気分だったので、
すなおに、そういうことを書きました。
もう一回、言おう、<やっぱり、感じることだ>。
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
“Don't Think. Feel!”1年のはじめにそう言ってたっけ。
これについては、もうね、みんなが考えてますよ。
だって、「いい考え」が欲しいもん。
「いい考え」さえあれば、そこに肉付けしたり、
それを蒔いて育てたり、そのまんままるごと使ったり、
いろんな可能性があるもんね。
ぼく自身、どれほど「いい考え」を生んだことがあるか。
ま、たいしたものじゃないのは承知だけれど、
ぐずぐずしててまったく「いい考え」が出ないときと、
すっすっすっと流星群のように、
「いい考え」が降ってくるときがあるんですよね。
これが、ほんとうに説明しにくいことなんです。
ちょっとでも、法則化したいとは思うのですが、
捕まえようとすると、ぬるっと逃げるうなぎのように、
なかなか捕まってくれない。
でも、たまに「これかな??」と思うことがあるんです。
今回、思ったのは、
<やっぱり、感じることだ>
ということでした。
考えても考えても、「いい考え」にはならないんで。
「感じる」ことができたら、「いい考え」が生まれる。
「気持ちいい」でも「不自由だ」でも「めずらしい」でも
「うれしい」でも「きれいだなぁ」でも、
そういう「感じ」が、ものすごく小さな、
ピンポイントの枝の先に止まってることがあるんです。
大きい「感じ」や、経験済みの「感じ」や、
みんながよく語る「感じ」の他に、
「んっ」って思う「感じ」を、感じられたら、
それはもう「はだかの赤んぼう」のような
「いい考え」なんです。
散歩したり、お風呂に入ったり、新しい仲間に会ったり、
旅に出たり、すっごく困ったりすると、
「感じ」が見つかりやすくなるんですよね。
‥‥ってなことを、言いたい、書きたい気分だったので、
すなおに、そういうことを書きました。
もう一回、言おう、<やっぱり、感じることだ>。
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
“Don't Think. Feel!”1年のはじめにそう言ってたっけ。