2012年が始まって間もなく、
父が天国へ旅立った。
2012年1月28日 午前5時37分のこと。
寒い寒い日が続く頃だった。
私は今でも鮮明に思い出す、父の最期の時を。
そして、徐々に弱り、死を迎えるまで見てきた姿を、時間を。
父との限りある時間を意識しながら生きてきた9か月間。
共に過ごした最後の1ヶ月は父のそばにいた。
お正月が明けてむかえた私の誕生日、病室に行ったら、
笑顔でお誕生日おめでとう、って言ってくれたね。
いただきもののガトーショコラを大きな口をあけて食べていたのが
印象的だった。
いつもならあまり食べない甘いケーキを、
わたしの誕生日祝いのつもりで食べてくれたのだろうかな、、て
思い返す時があるよ。
そういうことだよね?お父さん。
その次の週から父はご飯があまり食べられなくなった。
毎日毎食、母が家で手作りしてきていたおかず、我が家の田んぼでとれた
お米で炊いた白ごはん。
あんなにおいしそうに食べていた、食事の量が減ってきた。
心配する母が、「食べるのをやめてしまうと力が出ないから、少しでも口から
たべないと。何か食べたいものは?」と聞くと、
「おいしい松坂牛のステーキが食べたい」って。
急に言うものだから、母も私も驚いた。
私は母に頼まれ、高島屋で、極上の松坂牛のステーキ肉を買って帰った。
買ったこともない金額に驚き、確認のため、母に電話すると、母は、
「高くてもお父さんが食べたいものを食べさせてあげたいから、買ってきて!」と。
その母の一言にはすべてが込められていたね。わたしは感じた。
家に帰って、絶妙な具合に焼いて、温かいうちに食べられるように急いで
病室に持っていった。
そして、そのステーキを1切れ、2切れ、美味しい、といって食べた父は、
「無理なことを言ってごめんな」と私たちに言い、泣いた。
そんなことたいしたことじゃない、お父さんが喜んでくれるなら、
少しでも食べられるなら、、、わたしはなんでもしたかった。
涙を流す父の気持ちを感じると、わたしも涙が止まらなかった。
母も目に涙をためていた。
その後も父は呼吸が苦しくなり、食事をとる量が減っていった。
松坂牛のステーキ、これが父の最期のごちそうになった。
つづく