2012年が始まった。
…といっても、もう半月以上経ったな。
年末からお正月、誕生日、とあっと言う間にすぎたけど、いろいろあった。
思い出して、忘れないように、ぼつぼつと記しておこう。。。
*****************
2011年最後の日、12月31日。
お父さんが、入院して約1か月。
安静にしていれば、呼吸が安定し、食欲も出てきて、落ち着いているため、先生から外出の許可がおりた!
夕方の約三時間。
家に帰ることができた。
携帯用の酸素ボンベをもち、帰ってきた父。
お母さんとおじさんが車椅子に乗せ、車に乗せてきてくれたので、わたしと旦那は、家中をあたためて、布団を準備して、夕食の支度をしながら待っていた。
車から降り、家の中まで入ってくるまでの5メートルぐらい庭を、お父さんを両脇で支えながら、玄関までたどりついた。
そのたった5メートル、支えられながら歩いたお父さんは、それだけでも大きく呼吸を乱して、布団の上に倒れ込んだ。見ている私も苦しいぐらい、大きく息をきらして、息が整うまでのあいだ、目を見開き、一生懸命に息を吸っていた。
その様子を見て、私だけでなく、お母さんも旦那も、家に着いたばかりだけど、病院に連れ戻す時はどうしようか…と思った。
呼吸が落ち着き、すこし休んでから、
ゆっくり食卓へ移動し、一緒に夕食を食べた。
食卓のいつもの場所のいつもの椅子に座る父。
まさかまた一緒に食卓を囲むことができるとは。。。
お父さんも、ゆっくりと、お刺身を口に運び、
「おいしい。」と。
そして、大好きな日本酒も、少し飲み、
「おいしい。」と。
かつてより、食べる量も、飲む量も少なくなってしまったけれど、おいしい、と言って食べる姿見られて嬉しかった。
そして、その後、やはり、体もしんどいからか、病院に戻りたい、と言い、父のペースに合わせて車へ乗せ、病院に帰った。
病院から戻った私たちは夕食の続きを済ませ、いつものように紅白歌合戦を見て、新年をむかえた。
今年はいつもと違う年。
家族みんなで、新年をむかえられたことに、まずは感謝。
そして、いろいろとあった2011年。
いろいろと思い悩んだ2011年。
年の暮れに振り返ってみたとき、
決して無駄ではなかった、と、
思うことができた。
2012年も、すでに始まってはいるけれど、、
実りある一年にしたい。
…といっても、もう半月以上経ったな。
年末からお正月、誕生日、とあっと言う間にすぎたけど、いろいろあった。
思い出して、忘れないように、ぼつぼつと記しておこう。。。
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2011年最後の日、12月31日。
お父さんが、入院して約1か月。
安静にしていれば、呼吸が安定し、食欲も出てきて、落ち着いているため、先生から外出の許可がおりた!
夕方の約三時間。
家に帰ることができた。
携帯用の酸素ボンベをもち、帰ってきた父。
お母さんとおじさんが車椅子に乗せ、車に乗せてきてくれたので、わたしと旦那は、家中をあたためて、布団を準備して、夕食の支度をしながら待っていた。
車から降り、家の中まで入ってくるまでの5メートルぐらい庭を、お父さんを両脇で支えながら、玄関までたどりついた。
そのたった5メートル、支えられながら歩いたお父さんは、それだけでも大きく呼吸を乱して、布団の上に倒れ込んだ。見ている私も苦しいぐらい、大きく息をきらして、息が整うまでのあいだ、目を見開き、一生懸命に息を吸っていた。
その様子を見て、私だけでなく、お母さんも旦那も、家に着いたばかりだけど、病院に連れ戻す時はどうしようか…と思った。
呼吸が落ち着き、すこし休んでから、
ゆっくり食卓へ移動し、一緒に夕食を食べた。
食卓のいつもの場所のいつもの椅子に座る父。
まさかまた一緒に食卓を囲むことができるとは。。。
お父さんも、ゆっくりと、お刺身を口に運び、
「おいしい。」と。
そして、大好きな日本酒も、少し飲み、
「おいしい。」と。
かつてより、食べる量も、飲む量も少なくなってしまったけれど、おいしい、と言って食べる姿見られて嬉しかった。
そして、その後、やはり、体もしんどいからか、病院に戻りたい、と言い、父のペースに合わせて車へ乗せ、病院に帰った。
病院から戻った私たちは夕食の続きを済ませ、いつものように紅白歌合戦を見て、新年をむかえた。
今年はいつもと違う年。
家族みんなで、新年をむかえられたことに、まずは感謝。
そして、いろいろとあった2011年。
いろいろと思い悩んだ2011年。
年の暮れに振り返ってみたとき、
決して無駄ではなかった、と、
思うことができた。
2012年も、すでに始まってはいるけれど、、
実りある一年にしたい。