休耕田は蓮華草の花で、薄紫の絨毯になっている。所々でクローバーの白い花が揺れている。
 外はすっかり初夏を思わせる陽気だ。
 私は風に吹かれながら、ふと眼を閉じた。

 こんな日にはあの男の事を思い出す。
 アントニオの事を。

 アントニオは『心』について熱く語る男であったが、それ以上に自慰についても熱く語る男であった。
 次いでに言えば、休日には地元の水商売の店に足繁く通い、賞与の時期には都市の風俗店へ遠征に行き、何処其処の女はどうのと、いつも自慢気に語っていたので、仲間内では『風水博士』と呼ばれていた。

 そんなアントニオの事を、そんなアントニオの語っていた自慰の事を、私は思い出したのである。

 アントニオは全裸で自慰を行うのを常としていた。それは全裸に留まらずブリッジを伴う事によって成立する行為であった。いや、彼にとってはそれは儀式なのかも知れない。
 彼はその全裸ブリッジの態勢を体位と表現していた。
 三世代の家族と同居していた彼は、家人の留守を見計らっては、その体位での自慰に没頭していたと言う。
 彼にとって重要なのは体位のみならず、それを行う場所であった。
 家人の留守に居間での行為は勿論のこと、便所の扉を開け放ち上半身を便所に下半身を廊下へといったポジショニングは大層興奮したそうである。
 ある意味、彼にとって『おかず』は然程重要ではない節もあったが、今となっては確かめるすべもない。

 そんなアントニオのお気に入りの場所は、和室である自室と廊下の敷居の上だったと言う。
 襖を開け放ち右半身を廊下、左半身を自室に、そして右手を添えて行為を行う。それが彼にとって、最も快感を得られる場所でありポジショニングであった。

 ある日彼はいつものように、家人の留守を見計らい、その最も快感を得られる場所での行為に没頭していたという。
 その日、今まさに彼が最終段階を迎えようという時の事であった。
 彼の右目は何かを捉えた。
 彼の妹であった。私は彼の妹に会った事はないが、彼にとてもそっくりだということは聞いていた。
 彼の笑顔はよく、戸塚ヨッ〇スクールの校長の笑顔に似ていると言われていた。
 私がこの話を聞いた瞬間に浮かんだ映像は、全裸ブリッジのアントニオとセーラー服(夏服)を着た戸塚ヨッ〇スクール校長が対峙する構図であったのは、言うまでもないだろう。
 そしてアントニオの妹は動じることもなく
 「また」
 と吐き捨てるように言って、ひとつ溜息をし背を向けたと言う。そんな妹の反応に何故か彼はとても興奮を覚えたらしい。

 そんな変態のアントニオはある日、更なる究極の体位を思いついたと言った。
 全裸ブリッジ雑巾がけである。
 彼の家は中々の豪邸で、彼は離れに住んでいた。そして彼の住む離れと本邸は渡り廊下だ結ばれていた。この渡り廊下で全裸ブリッジ雑巾がけうをしようと言うのだ。
 全裸ブリッジ雑巾がけとは、雑巾の上に頭を乗せてヘッドブリッジをしながら雑巾がけをしつつ、その行為に至るというものだ。
 勿論、全裸であることは言うまでもない。

 そして、ある休日とうとうアントニオはその念願の、全裸ブリッジ雑巾がけに臨む機会を得た。
 それの日は、春先にしては暖かい初夏を思わせる陽気だったという。
 失敗のないように家人の留守を入念に確認し、彼はその行為、全裸ブリッジ雑巾がけへ臨んだ。
 はやる心と、汗ばむ右手を握りしめて。
 彼は駆けた。渡り廊下を。全裸ブリッジ雑巾がけで。全てをその行為に委ね。駆けた。架けた。
 それはアントニオにとって、まさに天に架かる橋であったであろう。
 アントニオの夢。
 彼は橋になった。
 彼は虹になった。
 そして彼は、渡り廊下の突き当り、その曲り角で夢から覚めた。

 その角を曲がったところには、彼の祖母がいた。
 カラオケに行ったはずの祖母がいた。
 忘れ物を取りに戻ったらしい。
 アントニオはその時の祖母の顔が忘れられないと言っていた。
 祖母もきっと彼の、その時の姿を忘れる事はないだろう。


 アントニオの家は三世代同居であった。夕食は家族全員で団欒をするのだが、その日は何とも言いがたい気まずい空気が流れていたと言う。
 そして、食後彼が自室に戻ろうとすると、祖母が呼び止めた。
 祖母は彼の手に、何かをそっと握らせると
 「行っておいで」
 そう、やさしく囁いた。
 部屋に戻り、その手に握らされたものを見ると五千円札だった。
 アントニオは思った。

 足りねえ