今日私がフォローしているラスさんのブログにあった家族の死についてちょっと思い出したのでかいてみた。
私の父はかれこれ13年ほど前に亡くなった。
しかも元気にやってるだろうと思っていた時に母から「お父さんもう時間無いから生きてるうちに会いたいなら今来るべき」と突然の電話から始まった。
私は本当にBlindsidedで寝耳に水状態のまま、当時の勤務先が急遽日本出張をたててくれて帰国。
日本に到着直後、食事をしながら家族は葬儀の準備などの話をしていて話がついて行けずにいた私。
数日後に入院先の病院に家族で向かう。その直後に母親から衝撃的な発言
「医者から余命宣告をしたけどちょっと曖昧になってるから日本出張で来たついでって事にしてね」
え?どういう事?と思いながらも突然の状況色々とついていけなかったので言われるまま出張で帰国したフリをした。私と父の最後の会話は「じゃぁまたね」だった。
日本に帰り父が亡くなり(葬儀には参加せず) 暫くした頃、適応障害的な症状が出始めてカウンセリングへ行った。
そこでどんどん出て来た感情はGriefだけでは無くて、
なぜ家族は最後まで私に連絡してこなかったのか
父と最後のお別れをするべきだったのではないか
そんな考えが頭から離れずにいた。
2つ目の疑問は 10年以上経った今でも自分に問い合わせているものの、答えは出ない。
1つ目の疑問は答えが出て来て
海外に住んでいて家族もいる私に迷惑をかけたくなかったと言うのが家族の理由だった。
でも四十九日が近づいた頃、家族から連絡が来て
お墓が無い
と、連絡が来た。まだ存命の時に葬儀の話をしていたのに?? (当時の私には分からなかったけど、今なら家族も混乱していたのだと気づいた)
(父が嫌って1度も来なかった)アメリカでお墓を作るか日本でなんとかするかと悩んでいた時に私の夫が「死に際でも元気になったらまたブルゴーニュに行きたいって言ってたくらい好きだったブルゴーニュのダンナの田舎の土地で散骨っていうのは?」と提案され、ダンナの家族も了承してくれた。結局一年後に家族で集まり散骨を済ませ、子供や私がフランスに行くたびに散骨した所に行っている。
ダンナの家族には一生頭が上がらんわ〜としんみりしながらも、心の中でもう私には離婚の選択は無いって事を実感した(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
- 何が言いたいのかと言えば、
Even it is not obvious to some, grief happens to all of us and there are so many ways to grief.
って事です。
