Fuzzy Masayan -29ページ目

Fuzzy Masayan

ある写真屋のぼやき

自分の寿命は神のみぞ知ると覚悟したが、何でこうなったのか?原因究明をする必要性はあると考え、過去の生活を振り返り、チェックしてみました。倒れるちょうど一年前に町の健康診断を受けたら、「高脂血症」の診断結果が出ました。当然のことですが病院へ行って診察を受けてくださいと書いてありました。しかし言葉から何となく意味合いは察知出来ましたが、軽く考えて診察は面倒くさいので無視してしまいました。知人にも相談したこともありましたが、「そんなのはみんな言われてることだよ。」と言われて意を強くしてしまいました。それから10ヶ月後、車を運転中に、胸が雑巾を絞るようなキリキリした痛みを発し、咄嗟に近い所にある病院に走りました。待合室で15分位、痛みをこらえて待ちました。ところがいざ診察室に入ると,痛みは嘘のように消えうせてしまい、心電図もとりましたが何も出ませんでした。  更に思い出したことは 時々きりもみでつつかれたような、チクチク感があった事です。これらはすべて冠動脈の詰まりの前兆だったのです。その三か月後に倒れました。  今思うと景気が極めて良い時代だったのか、とにかく仕事、仕事で自分の時間は無い状態でした。緊張状態を維持していくことが仕事みたいな。若さゆえにストレスを意識しなかっただけです。倒れたのは、家内がくも膜下出血で急逝してからちょうど三年目のアクシデントでした。そのために、更に食生活は乱れたと思います。父親と子供たちの食事は用意しましたが、自分の分は、店舗や結婚式場や公園の駐車場で弁当食べるか、でした。脂肪のかたまりみたいなものばかり食べてたのか?そしてもう一つ問題提起されたのが「遺伝」の事です。先生から両親の親兄弟、親族を出来るだけ広範囲にその「死因」をリストアップして報告して欲しい、とのことで病院の公衆電話から、親戚中聞き込みをしました。父方は、結果おオーライみんな長生きでした。ちなみに私の親父は10年前に98歳で亡くなりましたが、粗食の人でした。一汁三菜そのものの食事です。母親は76歳で他界しましたが、糖尿病が要因でした。叔父叔母、いとこはとこ、、みんな糖尿病の要因で亡くなってました。糖尿病は心臓病への近道だと先生に言われ、その遺伝子を母方から受け継いでいるので徹底的に食事制限を行い、運動を心掛けて、さらに水分補給は毎日2リットルを目安とすることなどなど。入院中に家庭医学書で勉強しました。遺伝についてもj認識を新たにしました。高校時代に生物学の授業をさぼってたので、無関心さを恥じ入る次第です。神から与えられた「いのち」について、日々考えることにしました。命を維持するために、ほかの生命体をいただいていることの再認識もしました。そして「私という生命体」は、遥か昔のご先祖様から、つながっているということ、そして私のDNAは子供たちから更に未来へ繋がってゆくということ、、、、、無責任ではいられません。                                                                  つづく