生涯ハッピーであればそれに越したことはありません。がしかし、長い人生、家族間でのもめごとや喧嘩など、骨肉の争いまで発展してしまい、分裂という結果になってしまう事もあります。でも、私は永ーい時間経過を経て必ず死ぬ前には許せる時が来ると、そして気持ちは元の家族に戻れると信じています。たまたま我が家のアルバムやフレームに入った家族の写真が目に触れたとき、その思いが募ります。お客さんの家族写真を撮らせていただくときには、何かの記念の場合が多いのですが、現在の時間の切り取り以上に未来における家族一人一人が、より良い人生を送られること念じながら、シャッターを切ります。私の人生経験がそれを素直にさせてくれます。 写真には文字以上のコミュニケーション力があります。目に触れた時に、様々なインスピレーションが湧いて来ます。良い事も思い出したくない事も。特に時間経過の短い事柄ほど。やり切れない思いもあります。正直、私についても沢山有ります、現在進行形でもあるのです。例えば私の両親とは40年以上の年齢差が有り、考え方は正しくその時代の感覚そのものでした。子供時代からかなり厳しく躾けられたように思いますが、二人共明治の生まれなので当然なのかもしれません。嫁さんもらうまでは、かなり激しい喧嘩をしてました。でも今は親父の写真を見ると、太平洋戦争を乗り越えてきた逞しさと、日々の言葉の中に動植物を愛し、自然に逆らわない生き方など的を得たことを言っていたなと思い出されます。母親は神経の極めて細い、、やさしい人でしたが、厳格な道徳観念を持っており、これにかなり苦しめられました。他人とのお付き合いなどは深いものがあり、永い付き合いであったようです。動物や昆虫の命はは大切にしろと常に言ってました。母のポートレートを見ると野口雨情や山田耕作そのものの世界の人でした。時間経過と共に良い思い出だけが時代のふるいに掛けられて,残って来ます。姉二人と妹、年の離れた弟がいます。姉達には今だに世話になってます。妹にも助けられています。日頃は行き来はほとんどなく年賀状くらいになってますが、平凡な暮らしをしていると思いきや、それぞれに血の滲むような苦労があったみたいです。弟とは絶縁状態が続いております。父が元気な時に、父所有の資産はすべて持って行ってしまいました。他にも、弟の借金はすべて私が処理しました、勿論それ以来会ってません。15年位経ちますが、今は全てを許してます。その間に私自身は今までに経験してない色々な苦労を強いられました。しかも現在進行形です。受け入れなくてはなりません、従って苦労は「お互い様」ということで、今は全てを許してます。逆に迷惑をお掛けしている事に関しては命ある限り償って行くつもりです。 我が家の家族写真を見ながらつくづく考えます、昭和の写真ですが。 つづく
