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Fuzzy Masayan

ある写真屋のぼやき

     これだけカメラややスマホが普及してる割には、家族全員集合で撮られた写真は持ってないお宅が多いと思います。仕事がらポートレートの複写加工の受注が多いので、撮影されてる機会はかなり多いのに、これだ!という写真は意外にお持ちじゃないんだなと感じます。インスタ映えとかピースサインの写真はかなり多いが、ご本人の人格や人間性を醸し出す「いい写真」はあまりお持ちではないように感じます。             残念ながら我が家も御多分に漏れずで、気付いた時には私ひとりになってました。家内が40代で病に倒れ、3人の娘を置いて他界してしまい、その後は子育てに追われました。勿論、尋常な生活を送れるわけはなく、登校拒否やら引きこもりやら、現代社会の病そのものの現実でした。結果、親子で写した写真は一枚もなく、不可能なことになってしまいました。末娘の成人式の写真を撮った頃は、やっと落ち着いて来ましたが、今度は父の介護に明け暮れる様になって来ました。母を早く亡くしているので、後悔している分、父にはしっかり介護しようと腹をくくってましたので、一日フル回転しておりました。98歳まで頑張りましたが、三々五々ポートレートは撮影してましたので、一番親父らしいタバコをふかしている写真が遺影として飾ってあります。しかしながら、たった一枚の写真でで100年近い人生を語れるわけはなく、特にお付き合いしてきた世代が年回りで違うので、現在、世代別のポートレートによる「自分史」的なフレームパネルを試作中です。年代によってお付き合いしてきた人達が違うので、父らしいと感じてもらえる写真は年代別に何枚も必要なのです。学生服の父、軍服の父、背広姿の父、一服する父、、、、、、一枚では語れません。                                                     娘たちは、それぞれの人生を歩んでます。音信不通状態ですが、連絡ないのは元気でやってる証拠だと思い、心配はしてません。ただ、母が亡くなったのは,私のせいだと思い込んでるらしく、やりきれない思いがあります。団塊の世代は、大学闘争を経験し落ち着いて勉強ができなかったり、就職すれば企業のために死ぬみたいな、企業戦士であることが当然のことと考えておりました。「マイホーム主義なんぞくそっくらえだ!」、、、、、本気でそういう考え方をしてました。従って、24時間営業中のお父さんは悪い父親だと思われても仕方ありません。でも、いつかは分かってくれるとと信じております。娘たちの写真を見るたび、言い聞かせております。家族に内向きではなく、家族から外へ向って飛び出さなければいけません。小鳥もきつねもみんな、子供はいつか旅立たなければなりません。それが自然界のの法則ですから。               震災の後、台風にやられ、そしてまたウイルスに全世界が脅かされております。営業出来ないので過去の写真の整理を公私混同しながら、人生の組み立て直しをするつもりでやっております。命あればこそです。人も動植物もみんな生きています。          つづく