「桐生。お前、最近、遅くまで頑張ってるみたいだなぁ。まあ、そう焦るなって。」
「まあな、焦ってるのは確かかもしれないよ。最近、どうも調子が出なくてな・・・。」
「モウマンタイ、モウマンタイ。やる時にはやる!やらねぇ時には、何もしねぇのが一番だぜっ。やるなら、ここじゃなくて、早く帰って嫁さんとやれっ。」
深夜の営業所で、片岡が俺の肩を叩く。
今日もまた、俺は最後まで営業所に残っている。
幼稚園からの”お知らせ”に紛れたこの書類を発見してから、2ヶ月が経っていた。
こんな時に限って、夜遅くの商談がないのだ。
今まで、あれだけ忙しかったのが嘘のようにやる事がないのは、その日に処理すべき書類を、全て仕上げてしまうだけの時間があるからだろう。
・・・そう思うようにしていた。
先月末、定期的に車を買い替えてくれていた法人格の会社が2件、ほぼ同時に倒産したのだ。
片岡に同行してもらっていた頃に、訳もわからないまま飛び込んだ豪邸が、たまたまその会社の社長宅だった。
「今どき、こんな古臭い営業をする君なら、任せてもいいかなと思ってな。」
当時、その社長はそう言って、俺に連絡をよこしてきた。
個人宅を廻る薬品関係の会社らしいのだが、社長が紹介してくれた関連会社を含めると、50台以上の営業車の買い替えが、全て俺に任されていたのだ。
インターネット時代に乗り遅れたことで、社長の会社は倒産に追い込まれた。
紹介してくれた関連会社も、共倒れといったとこだろう。
何故、こうも上手く回らないものだろうか・・・。
早く帰宅しようと思えば忙しくなり、煩いほどに鳴っていた携帯電話も、時間がたっぷりある時に限って大人しくなっている。
大口法人客の相次ぐ倒産によって、俺は先月から中古車販売部門全社トップの座を失っていた。
考えてみれば、俺が失うものは父以上かもしれない・・・。
母とは違う真貴子は、俺を選ぶだろうか・・・。
父と同じように破壊行為を繰り返し、子供との関りを強く拒み、真貴子に刃物を突きつけても、離婚ではなく俺を選ぶのだろうか。
答えは自ずとわかっている。
取り繕うことなく父に抵抗した真貴子は、間違えなく俺を選ぶことはないだろう。
俺は、父と同じDV加害者・・・。
このままでは、全てを失うのだ。
母によって選ばれた父には、もう一人の家族だっている。
次男である俺の弟だ。
弟は父や母との距離を、上手く保ってやっていくに違いないだろう。