「もしもし、桐生?悪いなぁ、休み中に・・・。」
少し慌てた様子の片岡の声。
それにしてもデカイ声だ・・・。
片岡は、今日は出勤している筈。
「どうした?何?」
「桐生ちゃんさぁ、休みは実家に居るって言ってたよな?俺、いまお前の実家のすぐ近くに居るんだけどさぁ・・・、悪いっ、ホントごめん。営業所で、どうしても外せない商談があるんだよ。」
「だから、何?どうしたの?落ち着けよ。」
慌てている片岡の話は、意味が理解できない。
「車のバッテリーが上がっちゃってさぁ。周り田んぼだし・・・、近くにスタンドねぇし・・・、JAFに電話したら、2時間以上かかるって言うし・・・。ねぇ、どうするぅ?」
どうする?ってのは、俺に言う言葉か・・・。
珍しく、話の前後関係が見えなくなるほど慌てているようだ。
片岡を落ち着かせ、何とか場所を確認した俺は、車で向かうことを伝え、電話を切った。
片岡の居る場所へは、実家から30分程の距離だ。
すぐ近くとは言えないが、外せない商談があると言われれば、断る訳にもいかないだろう。
確かにその場所には田んぼが多いのだが、急いでいながら、何故その田んぼの真ん中でエンジンを切ったのか・・・。
どうしても疑問に思ってしまった俺は、それを教えることを条件に、助けに向かうことにした。
大方の予想はついていたが、慌てる片岡を少しからかったのだ。
「立ちしょん・・・。」
片岡は小さな声で、恥ずかしそうに答えていた。
2階にいた真貴子に、片岡からの話を説明した俺は、急いで実家を出た。
その時ばかりは片岡も、到着した俺の顔を崇めるように見つめ、何度も「悪いなぁ・・・。」という言葉を連発していた。
「よっし、これで大丈夫だろ。モウ・マン・タイッ。」
バッテリーに繋がれたブースターケーブルを外しながら、片岡の口癖を真似てやった。
ボンネットを勢いよく閉めると、慌てて営業車に乗り込み、片岡は去っていった。
俺はしばらくの間、辺り一面の田んぼを見渡していた。
そして、青く広がる空と澄んだ空気の中で、大きく深呼吸をした。
実家に戻る途中、コンビニに立ち寄って缶コーヒーを飲んでいた俺に、また携帯電話の着信音が呼びかけた。
滝口親子と遊んでいる筈の、真貴子の携帯からだ。
片岡と別れた時間は、思ったより早かった。
実家にいる真貴子が、待ちくたびれるほどの時間ではなかった筈だ。
何だろう・・・?
そう思いながら、電話に出た。