真の自立とは。
 


自分自身の成分だけでできている人の事を言うのだろうと私はそう感じている。

他の人の成分や、社会通念などあらゆる外的要因を自分に入れ、それに染まってしまうという事は全ての問題の始まりで、うまく生きていくことはできないし、不満や衝突、争いの元となる。

自分自身を確立できていたら、他の、自分ではないものに染まることもないし、振り回される事もないのである。

仕事をしてお金を自分で稼げたら自立というわけではもちろんないのだ。

お金を稼いで、一人で生活する事が自立と思っている人はきっと多い事だろう。

仕事をして現金を稼いでる人は偉くて、ちゃんとしていているから誰かに偉そうに言えるというのも大間違いだ。

それは自分自身を生きている事とはまた別問題で、
むしろ今の社会やこの世の殆どの仕組みは自分自身から遠ざける為にあると言っても過言ではない。

よく聞く話、定年してから鬱になったり、熟年離婚したりと、急にがたつく話は多い。

それは己を押し込め、がむしゃらに今のこの社会の価値観で生き、沿ってきた者たちの当然の結果であろう。

学校に入り、都合のよい情報を詰め込まされ、よく順応してもらう人を作り出す。

その人その人のよい成分は、なるべく芽がでないようにと..,...

それは社会だけではなく、親も子供を自分に都合のよいように育てる。

親は(学校の先生も)子供の為にとよくいうが、それは往々にして社会に沿えるような人になってもらう為のものだったり、
自分自身を生きれてない親が自分を埋める為のものだったりする。
更には世間的にこれが素晴らしい人間だという概念を押し付ける。

そんな事ばかりしかない。

愛という価値観だって、それはただの依存で呪いの事だってあるのだ。

愛してるからと言って、それを武器にして相手を侵略している事がたくさんたくさんある。


人々がそうなってしまう理由や背景は果てしなくあり、それを認識するには今の巷にある常識では到底紐解くことはできない。

私もタイムウェーバーを通して、やっとの思いでここまできた。

そこから脱却して、自分自身を見つけ生きるということは並大抵の覚悟ではできない事なんだな頷いている。


私の場合は、重度の皮膚炎を通してここに辿り着いた。

今では、私の身体の症状のワケを奥底から納得している。

全てが繋がりつつある今、私は新たなステージの扉までの道を静かに歩んでいる。

扉を見つけ、見過ごさずにいこう。

そう腹に力を、改めていれた。


正直言うと、自分自身を生きる勇気を100%持ちきれてないと言う事も自覚している。

でももう後戻りはしないし、したくないし、このままで生きてくなんてとても嫌だ。

必ず自らの力で切り開き力強く歩む、、そう決めた。

今の環境から抜け出すということは、今までの自分から抜け出すという事と同じだ。


長い長い闘病で、いま私にはお金はなく、まだ身体の療養が必要な為、仕事を始める事もできていない。
いま一人でこの環境を抜け出す事は、できない。

自分自身の治癒と、自分自身の生き方が見えている今、早くて5月1日から仕事ができるとタイムウェーバーで確認している。

それまでは『治療に専念し、療養しながら人生のテーマである、私の成分のタロットとオラクルカードの学びをする事。』

タイムウェーバーでD10、10はそうだよMAXの数値だ。
ちなみにD10のDは現実、物理レベルの値だ。
 

私は今、そのD10の『治療に専念し、療養しながらタロットとオラクルカードの勉強をする』
そのことを可能にする、然るべき出会いを待っている。

今は狭い一部屋で住んでいる両親の元に身をよせている。
父親はアルコール依存、暴言、借金、その日暮らし。
母親も自分自身を生きれず、かつ長年の色々と耐えてきた日々に限界がきて、自暴自棄、アルコール依存。そしてやはり借金。
子供に依存して、
子供を理由に自分自身から逃げてきた。 

そんな両親の元に生まれたから、私も似たような成分があった。

役一年弱のパートナーとの沖縄での滞在を終え、先月に東京に戻り両親の元に身をよせて早一か月半。
目の前でたくさん両親の大変な事を見てきた。
それは自分にも身に覚えがある事だったりもした。
その事実を受け止め、全て自分自身が変わっていく為の材料として学んだ。
  

もう両親の元で学ぶ事はない。
卒業し、次のステージへ行く時がきたのだ。


私は、新たなステージに行く。  


私は待っている、その鍵となる人物を。

生きていく知恵と糧と手段を差し伸べてくれる人との出会いを。

私は更には学び、よい人間となりたい。

自分自身を楽しく軽やかに生き、活きたエネルギーで満ち溢れ、暗闇を照らす灯火になりたい。

あらゆる生命と共に、共存し、助け合い、素晴らしい地球に変わることを切に願っている。





p.s

文章が読みづらいところ、訂正やよりよい文章にする必要はあると思うが、私は一旦このままこの想いを届ける。
力尽きた為...
読み返す気力と視力がない。

休みます。