13章

 女装スナックは繁華街を離れた、仕事場の店の立ち並ぶなかに挟まれたビルの3階だだった。ビルの入口に小さな行灯のような店の名前の入ったライトが、足許に明かりをつけていた。

 人目を避けて女装するという客の立場を考えて、人通りの少ない場所に店があるのか?と、康夫はエレベーターの中で思った。

 

 エレベータで3階で降りた前が店だった。 

 ブザーを押してから重い扉を押して入ると、カウンターがあって丸椅子に男性客が二人座っていた。

 後ろはL型のソフアーがミニテーブルを挟んで奥まで続いている。

 女性と男性がソフアーに並んで話しているが、亮子の話を思い出して、女性のほうは多分女装さんに違いないと康夫は判断する。

 

 カウンターの客と話していた亮子は、扉を開けて入ってきた康夫を見ると「いらっしゃいませ~」

 笑顔を見せて迎えたけど、あくまで客を迎える店のスタップの笑顔と康夫は気づいた。

 亮子との約束通り康夫はここのところはあくまで客の積りでと、笑顔を見せてもうなずくだけにして、座っている客から一つ置いてストールに座った。

 

 「いらっしやい~ここへは初めてですか?飲み物何しましょうか?」

 亮子は笑み見せて聞くけど、なにか康夫をからかっているような笑みに見えるのだ。

 <亮子は役者だな~>

 康夫は笑いをこらえて負けづに合わすことにした。

 「ウイスキーの水割りお願いします。はい、ここへは始めてきました。女装のお店は行ったことがないのですが、友人に綺麗な美人のママさんが居ると聞いて、会いたくなってきたのですよ。本当に女装さんとは思えません。どう見ても美人の女性とか見えないです」

 にやり~笑み見せて康夫は仕返しする。

 「あら嬉しい~私、女性に見えまして?」

 亮子が負けづに返した途端、わあ~と客のあいだから歓声が上がった。

 みんな笑いこけるのだ。

 後ろのソフアーの二人も釣られて笑いだす。

 「あのな~お兄さん、ママは女装子でなくて女だよ」

 年配の客が笑いながら解説してくれた。

 「ええ、違うのですか?てっきりと思って~」

 康夫はとぼけて答える。

 「仕方ないよ、女装スナックなんだから。知らないものはママは女装子と思うよな。見た目でもママは宝塚の男役と思うような美人だからなおさらだよ」

 もう一人のストロールに座っていた白髪の客が教えると、そうだ、そうだと声がした。

 康夫はそんなやり取りの雰囲気にほっとしたものを感じていた。

 <これなら亮子は安心だ>と思ったのだった。

 

 考えてみたら、昼ママだから客もその時間が限定される。

 土曜日以外平日に来ることができるのは、老後を楽しむ高齢者が中心になるから、夜のスナックとは雰囲気が違うのだと康夫は気づいたのだ。

「そういえば私がA市に居た頃だったな~A市の女装スナックに行っていたのだけどな、矢張り美人のママさんが居たのだよ。勿論女装さんのね。ところがこの店に来て亮子ママ見て驚いたのだ。A市のママさんかと勘違いするくらい、似ているというより雰囲気の感じが同じなんだよ。」

 白髪の客が言ったとき、亮子の表情が変わった。

 「ええ、そうなのですか?古いお店でしょう。そこのママさんに似ているなんて光栄です。新人ママとして私ご挨拶に行かなければいけませんね」

 「残念だけどそのママさん引退して、新しい矢張り美人のママさんと交代したそうだよ」

 聞いていた康夫はあれ?と思った。まただと気が付いた。

 記憶を失っている亮子がどうしてA市の女装の店が古い店と知っているのか?

 これまでの亮子の言葉の端しはしから、本人は気が付いていないようだが、記憶が戻ってきているのではないか?

 康夫はそんな予感がするのだ。

 

 そういえば母が言っていたように、記憶を失う前の亮子はこの店のような仕事をしていたのではないか?康夫も母と同じように思い当たるのは、赤いドレスにハイヒールである。

 そして今、この店のオーナーが見込んだことがわかる、亮子の板についたママぶりである。

 

 水割りを口にしながら、康夫は客の応対をする亮子を目で追いながら、その物慣れた亮子の対応に改めて確認したのだった。

 

 だがそこで康夫はわれにかえった。

 このスナックに来たのは亮子には言えないが、亮子のママさんぶりを見るためではないのだった。

 問題は亮子が5万円をどう使ったのか?

 それを知るためだったのを~。

 

 しかし先ほどからの店の様子をみるなかで、まるでそれを裏付ける気配が感じられないのだった。

 この年配の人達に5万円が使われる?

 そんなことあり得ないと康夫は確信する。

 

 では女装さんは?

 康夫が後ろを振り返ったとき、女装さんと連れの男性が立ち上がったところだった。そして女装さんだけがカウンターに来るとバックから財布を出し、支払いをしたのだった。

 

 二人が出ていく姿を見送った康夫はふと亮子のの話を思い出す。

 

 「康夫は女装さんのこと知らないと思うから言うけど、先入観は持たないでね。

女装さんの実際の姿は知らないけど、社会的にひとかどの仕事をしている人や、肩書のある方が結構おられるの。だからほとんど、いえ全部と言って良いかも密かに女装を楽しむ、世間にも、家族にもかくして女装を楽しんでられるということ。

 だからね康夫、私に手を出すような方は私のお店ではいないの」

 

 亮子の訴えは康夫を心配させないように言った言葉には違いないが、同時に女装への偏見を持たないで、そのスナックに勤める亮子の仕事への理解をしてほしい。

 そんな亮子の気持ちも込められているようだった。

 

 康夫はスナックの昼ママの亮子の範疇では、5万円の使途はないと結論するしかなかった。

 では一体亮子は5万円をどう使っているのか?

 たった一日で5万円を使うこととは、どんな使途になるのか?

 疑問の答えは出ないで、また振り出しに戻ったようだった。

 

 出ない答えに水割りを喉に流し込んだ康夫は、カウンターのなかで動く亮子の横顔

を見つめるしかなった。

 

 <帰るしかないか>

 康夫が思ったとき、スナックの扉が開いて入ってきたのは二人の女性と思ったが、扉をくぐるのに頭を下げる背丈から、康夫も女装さんと気が付いた。

 二人は、それぞれ綺麗、可愛いという女性と見間違う顔立ちだったが、康夫は慌てて立ち上がった。

 

 亮子の二人の女装さんに「いらっしやい~」の声を聞きながら、康夫は料金を亮子に渡すと、スナックを出たのだった。

 女装さんより背が低いことに康夫は圧倒される気分になったのだ。

 

 帰り道、康夫はどうにも割り切れない気分で、マンションに帰る気にならないで駅前の喫茶店に立ち寄った。

 

 コーヒーを注文してスマホを開いた。

 女装スナックを探し出して店の画面を見る。

 

 店の案内画面に女装スナックで女装と会うページが、店の写真とママの写真ででている。

 これは夜の店の紹介写真だった。

 昼営業のページもあったが、写真もなく案内だけだった。

 だが康夫は案内記事を見る。

 

 営業時間  AM10時~16時

 営業日   月曜~土曜、毎月第一水曜日定休

 

  となっている。料金や店の案内記事もあるが、亮子の写真もなく、紹介もなかった。

 しかし康夫の注意を引いたのは営業時間だった。

 

 そうか、4時に昼ママの勤めが終わるから、亮子は帰り道に商店街に寄って買い物してから帰るのだ。だが毎日買い物するわけでもないから、他のことに時間さけるわけだ。その時間は何時、どうつかわれるのか?

 5万円が消えるのは何時なのか?

 

 その答えは康夫にはすぐわかった。

 

<俺の給料日>その夜、康夫は銀行から引き出した金から5万円を亮子の財布に入れておくのが、何時もしていることなのだ。

 

 それが10日ごとに繰り返されるが、考えると消えるのは給料日の翌日と分かってきたのだ。

 <それと月の第一水曜日>

 これは昼ママの休みの日で、亮子は一日自由だから行動できる。

 

 それとの関連でパートみたいなものだから、金額的には知れているが、女装スナックの給料の行方も考えなくてはいけない。

 

 大体の答えの見当がついてきたが、コーヒを飲んで一息ついたとき、康夫はふと気が付いた。

 俺はなぜ金の行方追をこんなに気になるのか?

 金の行方を追跡しているが、実際は金ではなく亮子の行動を気にしているのでは?

 俺の居ないとき亮子は何をしているのか?

 康夫はそれを気にしているのだ。

 

 特に気になるのは<男>関係である。確かに亮子の美貌は男をひきつける。

 接蝕<せっしよく>の場があるなら、アタックされるに違いない。

 

 内心、亮子に限ってそんなことあり得ない。自分の疑惑を打ち消す康夫なのだが、でも、お水の経験あるなら、もしかしてそれはありうるかも?

 

 康夫の妄想は尽きることがない。

 だがコーヒーを飲み干すと、康夫の決心は定まっていた。

 

 嫌な自分の気持ちを晴らすためには、亮子の後をつけるしかない。

 そう考えたのだ。

 <続く>