朝です。ベランダから明るい光がカーテンを通して入ってくるのです。

 「富子さん本当に一人で会って話をつけるなんて、大丈夫なの?僕も一諸した方がいいと思う。」

 寝床の中で向き合って念押しする私です。

 なにか不安な気持ちが私のなかで渦巻くのです。

 「また言うの亮さん。夕べも言ったでしょう。心配ないて」

 「確かにそうだけど、でも男からすれば、女性に別れ話の上に仕事の首まで言い渡されたらメンツ丸つぶれのうえ、金つる迄無くなる話ですよ。ゴメンこんな言い方して。とにかく僕は心配なのです」

 「ありがとう亮さん心配してくれて嬉しい。暴力でも振るったら告訴してやると言います。それで手を上げたらそれこそ刑務所行きです。賢い人だからそんなことしない筈です」

 「でも、怒りは見境なしになります。前後も考えずに富子さん滅多打ちにしないか?それが心配で、だから僕がそばに居たほうが~」

 話している途中で富子さんに唇を指で押さえられました。

 「それは絶対ダメよ亮さん。貴方がそばいては海野の思うつぼよ。穂先は貴方に向くのよ。大きな会社の御曹司だと、良い鴨にされるだけ。場合によっては亮さんに暴力振るうかも知れないし、貴方のお家に押しかけてくるかも知れないのよ。私はそれだけは絶対させたくないの」

 「大丈夫、僕の父はそんなやわじゃないから。とにかく僕を心配させないでください。だから富子さんと同席はしないけど、住宅の外で待機して万一のとき富子さんが声を上げれば飛び込んでいくから」

 「もう心配性なんだから。私だって長年お店で居てお客相手しているのよ。男のあしらいは慣れているのだから、ゴメン余計なこと言った」

 富子さんは嬌声あげると私に抱き着いてきて、話は終わってしまったのです。

 

 ⑲

 富子さんとの買い物歩きは最高でした。もう人目を気にする必要はないのです。母や愛子さん、そして父までもとにかく私達のことを認めたのですから。そして富子さんの内縁の夫という海野にも気にするどころか、見せつけたいぐらいです。

 富子さんも同じ想いなのでしょう。人目を忍んでスナックでの私との密かな出会いは必要ないのです。

 新しい新居で二人きりで暮らすことになったのですから。

 その安心感からか、人通りのある商店街を歩くのに富子さんは私の肩に身を寄せ、手をつないで堂々と歩くのです。

 勿論私も同じ、いえ胸張っている私です。

 だって私は女性とこうして歩いたのは初めてなのです。

 富子さんと変わらぬ背丈の小男で、おまけにブ男この上ない私が最高の美人と手をつないで商店街を歩くのです。

 <見てみて~>叫びたいぐらいなのです。

 それに買い物は~母から思わぬ資金を頂いて、新居に住んで必要な物を買うのにお金の心配なしに買えるなんて、言うことなしなのですから。

 あっちのお店に入り、こっちのお店に入っては買い物をしたものです。

 

  山のように荷物を抱えて部屋に戻りました。

 荷物の整理を終わると、 艶で光っているテーブルに、買ったばかりのコーヒーカップを富子さんは並べると、コーヒーメーカーからコーヒを注ぎます。

 向かい会って腰掛けると、気になっていることを富子さんに聞いたのです。

 「海野というバーテンだけど富子さん、内縁の夫の縁を切ります。バーテンは辞めてもらいます。マンションは出て行ってください。そこまで言われて、はい、分かりました。て、引き下がるような男と思えないのだけど?」

 「確かにね。マンションは解約しましたから、否応なしで愛人のとこへ転げ込むでしょう?まあ、バーテンは私が経営者だから辞めてもらうことはどういうことはないのです。辞めてもらう根拠は握っていますから。私の居ない時に売り上げをポケットに入れていますから。内縁の夫と言っても結婚の約束なのでしていませんから、海野は一方的に夫と言っているのです。そんなことで夫面したら何人夫が、、」

 富子さんは慌てて口を閉じるのです。

 でも聞き返す必要はないのです。富子さんに引け目感じさせることないのです。

私は初めからそれを承知して、富子さんが好きになったのですから。

 美人だからということは当然だけど、初めてスナックで富子さんに会って、顔合わせてダンスの腕取られたとき、私は身が震えるような想いに引き込まれたのです。

 なにか魅入られたみたいな感じに襲われたのです。それが富子さんの虜になったきっかけだったから、いままで富子さんを通り過ぎた男性達も多分そうに違いないと気づくのです。

 

 「でも富子さん、確かに理屈的にはそうだけど、それが通用する相手か?それを考えてしまうのです。多分金銭を要求するのではありませんか?」

 「それはあります。目的は私よりお金が目的でしょう?」

 「それなら絶対承知しないでくださいよ。一度金銭で妥協したら何度もせびられますから」

 「それは承知しています。私だって解決のお金と言われてもそんな余裕はありませんから。当然、お金になる相手と知って、亮さん貴方を狙ってくるに違いないのです。だから私と亮さんのこと知られたくないのです」

 不安の気持ちが富子さんの言葉とともに伝わってくるのです。

 「富子さん心配させて悪いけど、いづれ知られると思いますよ。スナックに僕が初めて行ったとき、富子さん海野に僕を紹介したでしょう。僕の素性も顔も知られているのです」

 「どうしましょう?亮さんが関わり合いになることを一番心配していることだったのに」

 「私が若いから気にしているのでしょう。大丈夫ですよ。私を相手にしてくれた方が富子さんには救いになるじゃありませんか?」

 「亮さん貴方本当に20歳<はたち>なの?信じられない。私より年上に思えてきたもの」

 富子さんはうっとりした表情で私を見つめるのです。

 女性にこんな風に見つめられるのが初めてだったから、私はなにか照れくさくなって、コーヒを飲んだのです。

 

  おしやべりして時間を過ごし、海野が女装子の愛人もとから帰ったころを見計らい電話して、富子さんは会う約束を取り付けます。

 隣の部屋での電話のやり取りが切れ切れに聞こえてくるのを聞いていると、案の定激しい言葉のやり取りがあるのが、富子さんの言葉を聞くだけでも察せられるのです。

 「どうでした?だいぶ怒っているみたいですね」

 戻ってきた富子さんに矢張り気になって聞かずにはおれないのです。

 「家に帰ったら荷物がなくなって姿が消えた。どういうつもりだ俺から逃げたのか。男と一諸か?喚き散らしていました」

 答えながら富子さんは嬉しそうな笑み見せるのです。

 「それで会う約束できたのですか?」

 「会ってどういうことか説明しろと、向こうから言ったので明日住んでいたマンションで会うことに」

 「それならやっぱり心配です。富子さんを家から出さないように力づくにされそうです。暴力振るかも知れません。だから安全のためを考えています」

 「心配し過ぎよ亮さん。手上げたら警察呼ぶと言いますから」

 「いや、その気になったらそれはできないと思います。僕の心配は富子さんが犯されないかということです。だからこうしてください。

 まづ携帯を僕とつないで電源を入れたままにして切らないでください。そうすれば僕は携帯を耳に当てていますから、万一の時マンションに飛び込んでいけます。だからマンションの戸の鍵は閉めないで、鍵も扉の外に手放してください。海野が扉閉めたときの用意のためにね」

 「だめ!それはだめです。亮さんが海野ともみ合って怪我でもさせられたら、私、お家の人に申し訳立ちません」

 「大丈夫、それは考えて、母に頼んで木村に一諸するようにします。大男の木村なら海野も手が出せないでしょう」

 「そこまでしてもらえるなら安心ですけど」

 ほっとした表情見せる富子さんですが、でもまだ不安感があるのか私の手を握りしめてくるのです。

 

 あくる日午前、木村さんが車で迎えに来ました。

 体が大きくて見た目威圧感ある木村さんですが、気は優しいのです。私が小学生の頃、親に内緒で車に乗せてもらって遊びに連れてくれたものです。

 行先の富子さんが借りていたマンションは、木村さんも富子さんの家出の荷物運びを手伝ったので知っているので、すぐにマンション前に着いて駐車場に車を止めたのです。

 「富子さん携帯僕にかけてくれる。鍵は手に持っていて戸を開けたらすぐに床に落とすのだよ」

 「はいはい~亮さん分かっています。携帯が鳴っていますよ。聞いてください」

 「分かりました。富子さんの声が聞こえます。これなら大丈夫です」

 車から富子さんが降りて、私も後に続いてマンションのホールのエレベーターまで送っていきます。

 富子さんの乗ったエレベーターが上がっていくのを見送ってから、振り返ると木村さんがちゃんと後ろに居るのです。

 携帯を耳に当てると、音が入ってきました。

 <ママさん一人?>

 <そうよ。貴方に話があるの>

 <なかで聞こう>

 扉の閉める音。鍵が駆けられる音。

 「木村さん鍵かけられたみたい。上がりましょう」

 不安に駆られて降りてきたエレベーターに乗り込みます。

  <なんの話もないまま出て行って話があると、どういうことです?>

 <はっきり言います。内縁の夫と貴方に言われてきたけど、それを解消したいの。同居も止めます。このマンションの契約も解除してきました>

 <わかれるということですか?>

 <そうです>

 <このマンションから出ていけというのですね?>

 <そうです。契約者で家賃を払ってきたのは私ですから>

 <では私はどこへ行けと言うのです>

 <愛人のところへ行けばいいでしょう>

 <知っていたのか?>

 声を荒げた海野の声に心配がせりあがってきます。

 エレベーターを降りると木村さんに目指す扉を指さして、手で鍵の形を手真似して床を指さします。

 携帯を耳に当てているので、声が入るのを恐れたのです。

 うなずいた木村さんは扉に駆け寄ると床を見まわします。鍵を見つけて掲げて見せたので、扉を開けるよう合図します。

 木村さんは鍵穴に鍵を差し込んでそっと扉を少し開けます。

 <うちの店の子で住んでいるところもね>

 <そういうママさんに男が居るのはおれも知っているけどね。それにしても相手が

川村工業の社長の息子とはね。玉の輿狙っているようだが、無理だと思うけどね。>

<貴方に関係ないことです。愛し合っているそれだけ>

<とにかく俺が邪魔になってきたと言うわけか?それなら手切れ金いや、慰謝料を払って欲しいな、ああ、それに店の退職金も頂かないとね>

 <それはこちらのセリフです。まあ、払いたくてもそんなお金などありませんけどね>

 <あるじやないか、川村工業の坊ちゃんに出させればいいじゃないか>

 <良い加減にしなさい。あの方は関係ありません。これは私と海野、貴方との話ですから>

 <そうわ、言わせないぞ。おれが川村工業に乗り込んだらどうなるか?わかっているのか?関係ないと言わせないぞ。それが嫌なら今まで通り一諸に暮らすんだ。>

 <お断りします。手を出したら告訴します。刑務所にはいれば~>

 <分かっています。川村の坊ちやんが後ろについているのだから、そんな気はありません>

 <じや、これで話は終りです。貴方との縁はこれきり、今日からお店に来ないでください。それにこのマンションから早く出ることね>

 <好きにすれば~。これで終わりと思わないことだ>

 <止めなさい。言ったでしょう。ただではすみませんから>

 <分かりました>

 間をおいて、扉が開けられ富子さんが出てきて私達の居るのにびっくりした表情になります。さすがに富子さんは緊張が解けたのか、頬が真っ赤に染まっているのです。

 「亮さん心配だから前で居てくれたのね。ありがとう。木村さんお世話かけました」

 「いや、何事もなくて良かったです」木村さんも笑顔で答えます。

 「富子さんさっさと帰りましょう」

 私は富子さんの手を取ったのです。

 私も富子さんと同じように緊張していたのが解けるのを感じたのです。

 

 <続く>