それは今まで経験したことのない、喜びにとどまらない快感に私は憑りつかれたのです。

 生まれて初めての女装経験です。それだけでなく。あり得ない別人になったような美人に生まれ変わったような自分を鏡で見て、もうわくわくに振り回されている気分なのです。

 

 富子さんに会って<内縁の夫>を引き離す計画を富子さんに告げる考えなど、消え去っていました。

 女装することが、こんなにも自分に喜びを与えてくれなど思いもしなかっただけにすっかりはまり込んでいたのです。

 しかもそれだけにとどまらず、富子さんと同伴で女性二人となって外にでて買い物するなんて。夢のまた夢の気分です。

 初めて履くバンプス。さすがには履慣れなくて、千鳥足になるのを富子さんの腕にすがって、見た目は腕組んで歩いているように見せかけて商店街でのショッピングです。

 人目を気にすることがないのは、鏡での自分を見ているからです。

 絶対男とは見られない。女性になった自信を鏡からくみ取っていたからです。

 富子さんが否応なしに私を女装させた気持ちが分かりました。

 富子さんは私とねんごろになって、嫉妬に駆られた彼が私を脅しにかかることを一番恐れていたのです。

 そのために私に女装させて、別人のしかも女性と見せかけることで私を彼から守ろうとしたのです。

 そんなにもしなくても、私は堂々と彼と相見えて対決する覚悟なのですが、しかしその私の決意は、男を忘れて女装姿の女性となる魅力の前に崩れてしまったのです。

 矢張り私は、富子さんに言われるまでもなく、女装願望に憑りつかれていたのです。

  これで内縁の夫に知られることがない。私を守れるという安心からでしょうか?

 富子さんは生き生きと私と連れ立ってお店をのぞき、入るのです。

 女性の下着専門店に入って、さまざまな女性のインナーがぶら下がり、展示してある中を富子さんは私をショーツ&ブラの前で立たせて、ブラを私の胸にあてがいサイズ計りするのです。

 男がこんなことをすれば、それこそ変態扱いです。

 いくら女装しても一人ではこんなことは私にはできません。

 富子さんが付き添っているからこそできることです。

 衝動に駆られるままに、本当にこんなショーツはけるの?疑問も忘れてショーツもブラも欲求のままに手に取ります。

 

 スリップの展示のところで私が、紫色のサテンの滑らかなスリップに見とれて足止めたのを富子さんは気が付きます。

 「気に入ったの?」

 耳元で富子さんはささやきます。

 黙ってうなずく私。

 でも心のなかはドキドキ鼓動しています。

 この滑らかなサテンの衣装を着たときの瞬間を連想して、着たいという衝動に襲われてしまいます。

 富子さんは紫のスリップを手にすると、会計を済ませて紙袋を私に持たせます。

 私はそっと手を紙袋に手を差し入れて探り、滑らかなサテンの感触に恍惚な気分を感じてしまうのは、女性になったせいでしょうか?

 

 最後はドレスの洋装店。

 店中にぶら下がっているドレスの数々、富子さんは一目見てサイズがわかるようです。次々ドレスを手に取って私の胸に当てるのです。

 お嬢様のような花柄のドレス。奥様風の優雅で落ち着いた衣装。そしてスナックで

女装さん達が着ているような鮮やかな色合いの派手なドレス。

 つぎつぎと取り出すと、会計に行きます。

 最初から考えると富子さんは相当な出費を強いられているようです。

 いくら富子さんと暮しを共にすると言っても、学生の身の私には親からのこずかいしか収入はないのです。

 スナックのママの富子さんに養われるようなら、私は彼と同じ、言ってみればひもです。

 これは計画を早めなければ~改めて自分に言い聞かせます。

 それと富子さんです。私にこんなに女装の衣装買い込むのに自分の衣装を買うことをしないのです。

 人体に着せられている鮮やかな柄と色合いのドレス。裾が広がりパーティで着る衣装見ると、スナックでもこんな衣装にすれば美人の富子さんは最高に映えるはずです。でも、そんなおしゃれな富子さんを私は見ることはないのです。

 そういえばスナックで会う時も地味なおとなしい衣装しか着ていないのを思い出します。

 作業服に近い服装で居るのです。

 気になることで、何時も念頭にあったことです。

 お客様テーブルで買った衣装や荷物の整理する富子さんにそっとささやきます。

 「富子さんはどうして私の服ばかり買って、自分の服を買わないのですか?綺麗な富子さんがおしやれをしたら、もっと素敵な美人に見えるではありませんか?」

 「亮子さんそれはね、したくてもできないことなの。してはいけないと言うべきでしょうか?じつはお店でママが最高の衣装で身を飾ったらどうなると思います。女装子さん達が見劣りして引け目を感じて、恥ずかしくなってスナックに来れなくなるのではないかしら?」

 「そういうことですか?お店すると言うのは、そこまで気配りするのですか?」

 「でも亮子さんは思い切り綺麗にしなさい。私の代わりにね」

 嬉しそうな笑みの富子さん見ると、矢張り不細工な亮より、綺麗な亮子が気に入っているように思ってしまいます。

<注・フレンドさんと、右・作者>

 ⑫

 腕いっぱいに紙袋抱えている私を従えて、富子さんは喫茶店に私を連れて行きます。

 ひと休みです。

 向かい会って座ると、富子さんは真剣な表情で私に告げたのです。

 「亮さんその買い物だけど、悪いけど持って帰って欲しいの。スナックはおけるはずないし、住んでいるところには置けません。彼に見られるかもしれないから。

 それより、私、もう耐えられません。彼と一諸に住みたくないの。帰ったら彼のいない間に出ていきます」

 「富子さんありがとう。そのこと僕、いや私が言いたかったことなの。でも、そのために富子さんがひどい目に会ったら~それを思うと言いたくても、言えなかった。

でも富子さんがその決心してくれたなら、やりましょう。」

 富子さんの両手を握りしめました。

 「ありがとう亮さん助けてくれます?」

 「勿論、でも富子さん私ね、このことで考えていました。貴方から彼を引き離す方法のことを。

だから僕、いえ私の言うこと聞いて欲しいのです。

 貴女のやりょうでは、貴女が逃げるだけです。それでは彼はどこまでも貴女を追いかけてきます。

 だから辛くて怖いかもしれないけど、今、貴女のその決意で彼と対決して欲しいのです。彼に面と向かって別れると。それだけでなく今の住んでいるマンションからも出ていくこと。勿論マンションは解約して彼が居座ることできないようにするのです。そしてです、スナックのバーテンも止めてもらうのです。

 ここまですれば彼と富子さんとの繋がりは完全に切れます。

 これを勇気ふるって富子さんやって欲しいのです」

 「そこまでするのですか?」

 さすがに富子さんは目を見張って私を見つめます。さすがに不安感があるのでしょう。

 「そうですよ。心配しないで、私が付いています。富子さんだけでなく、私が富子さんのそばから彼の姿を消し去ってしまいたいのです」

 「分かりました亮子さん。亮さんがそうしたいというなら、彼の怒りが私に向けられて、どんな仕打ち受けても亮さんのためにと私は耐えられます」

 「彼が貴女に暴力振るかもですか?それには、彼が怒りで手を上げたときに恐れず

<私に暴力ふるうなら、警察に告訴します。そしたら貴方は刑務所行きですよ>声張り上げて叫んでください。そしたら私が飛び込んでいきます」

 女装して女になっているのを忘れて、声上げた私に富子さんは慌てて私の唇に指を当てます。

 「大丈夫よ亮子さん。貴方が飛び込んで来たら男同士ででしょう。かえって暴力沙汰になって、貴方に万一のことでもあればと、そのほうが心配なのだからね。私に任せて下さい。言われた通り話しますからね」

 笑みを返して言われると従うしかありません。

 だって、今は私は亮子で富子さんは年上のお姉さんなのですから。

 「では富子お姉さま、もう待ちきれません。今から始めましょう」

 なにか恥ずかしい気分だけど、女であることを自覚して告げます。

 「分かりました。ではマンションに帰って身の回りのものまとめて出ます。彼がパチンコから帰るまでに用意しないと」

 「大丈夫です。彼はパチンコだけではありません。愛人のところに行きますから、時間の余裕はあります」

 「愛人?やっぱりね。居たのね。亮子さん彼のこと調べてくれていたのね。ありがとう」

 「だから、すぐにでも彼から離れましょう。僕、いえ私は許せないのです。富子さんが彼と同居していることなんて耐えられません」

 「分かりました。とりあえずホテルに身を隠します」

 富子さんが本気になって脚踏み出そうとすることを知って、私も計画していたことに脚踏み出すことに決意を固めました。

 「富子さんホテルはダメです。彼に後つけられたら、押しかけられます」

 「でもいますぐ住むところは探せません」

 「転居する家を探せても同じことです。彼は押しかけてくるでしょう」

 「じやどうすれば?」

 困り果てた表情の富子さんを見て、私は歳下の私が富子さんに頼られていることを実感したのです。

 「私の家に来るのです」

 私の答えに、富子さんは唖然とした顔つきで私を見たのです。

 首を振って<信じられない>表情の富子さんです。

 「なにを考えているのです亮さん。そんなことできるわけないでしょう。貴女のお父さんやお母さんが私を家に入れることを認められる筈ないでしょう。学生の亮さんが年上のそれもスナックのママを連れてきて一諸に住みたいなんて~、もう考えられません」

 「それは富子さんの言う通りだと僕も思います。だから両親を説得して承知させるつもりです」

 「そんなこと無茶です。貴方について亮さんの家に行って、ご両親に私はどうご挨拶すればいいのです?いえ、多分会っても頂けないでしょう。門前払いになるだけです」

 息巻く富子さんは、その様子から納得するはずないのが分かります。

 「分かりました富子さん。でもそれ以外の方法では彼は押し入ることできるのですよ。私の家なら彼は入ってくることできないのです。しかし、それでは富子さんは納得しないでしょう?だから私に考えがあります」

 <まだそんなこと言って>私を見つめている富子さんに手を振ると、私は席を立って手洗いに入ります。

 女装姿で男の声で電話するのはさすがに気が引けたのです。

 スマホで愛さんに電話しました。

 「愛さん?僕です。お願いがあるんだ。聞いてくれる?」

 「あれ坊ちやん、どうした風の吹き回し?私にお願いて~」

 「女の人を一晩愛さんの部屋で泊めて欲しいんだ。いくら何でも僕の部屋に泊まってもらうわけにいかないしね。愛さんの部屋なら離れで泊められる部屋があるから頼みたいんだ」

 「坊ちゃん、その女性<ひと>坊ちゃんの彼女なの?」

 好奇心で愛さんの声の調子が変わりました。

 「うん、まあ~」

 さすがに一諸に暮らす相手とは言えません。

 「坊ちゃん20歳<はたち>だと言うのに、もう彼女作ったの?やるわね~一晩位ならいいけど、お父様に話していますの?」

 「いや、まだだけど今晩話す。それより愛さんは僕の母親みたいなんだから、僕の頼みは聞いてくれるよね?」

 「う~ん、そう言われたら弱い~、分かりました。いいですお泊めします。でもお父さんかお母さんには話してくださいよ」

 「わかった。僕もそのつもりだから安心して」

 スマホの電話切ると、次に電話します。

 「木村さん僕、亮です。悪いけど家に荷物運びするので車回してくれる」

 頼んで喫茶店の近くの駅前を教えます。

 木村さんは家の自家用車の運転手さんなのです。

 

 席に戻って待ち受けている富子さんに頷きました。

 「できました。私の家だけど離れの女中さんの家に富子さんに泊まってもらうことにしました。女中さんと言っても僕を母親代わりに育ててくれた人で気兼ねなしに泊ってください。それと駅前に車を迎えに来てもらいますから、富子さんのマンションに行って、富子さんの身の回りのもの車に運び込んで家に運びます」

 「亮さんそんなことして良いのですか?」

 「はいお姉さま、大丈夫です。両親に話さずにできることですから安心してください」

 なにか信じられない顔付の富子さんに、私は、亮子は笑顔で答えていたのです。

 <続く>