女装子が女になった 3章 ⑦

 

 女装スナックの扉の前で私は扉を開けるのをためらっていました。

 日曜日のくるのを待ちかねて、毎日を過ごしてきたと言うのに、スナックの扉の前に立つと、富子さんに会ってどういえばいいのか?思いつかないでのためらいに扉を開ける勇気が出てこないのです。

 でも後ろを通った人に押されるように扉を開けたのです。

 チリン!音に慌てて後ろ手に扉を閉めます。

 スナックのなかは暗いほどの薄暗さです。

 「亮さんなの?」

 奥から声が聞こえてきました。富子さんの鈴のような透き通った声です。

 「はい僕です。亮です。お邪魔します」

 「カギ閉めて下さる。電気つけるとお客が入ってきますので」

 「分かりました」

 鍵を閉めるのと明るい電気が付くのが同時です。

 

 振り向くと奥のボックスソフアー、悪友に誘われてここに来て富子さんに案内されて座った席です。

 富子さんはそこに立ってあの素敵な笑顔見せて迎えてくれるのを見て、私は嬉しさが満ちるのです。

 「どうぞお座りになって」

 促されて座ると向かい会って富子さんも座ります。緊張感が背筋を走ります。富子さんがどんな話をしてくるのか?思いつかないまま、富子さんを見つめます。

 「ごめんなさいね、呼び出して。どうしても亮さんに会って話ししたかったの」

 「いや、僕だって富子さんに会いたくて今日を待ちかねていました」

 「まあ、そうだったの~嬉しい、この前の亮さんとの話の続きをしたくて来てもらったのだけど、いいのかしらと気になっていたのです」

 笑顔の富子さんに安堵したのです。

 悪友との話の中で、富子さんにまつわる嫌な話が杞憂と知ったのです。そう私の思う富子さんに違いありません。

 その笑みにはなんの陰りもないのを見ました。

 

「いえ、僕も富子さんに会ってどうしても聞きたい事があって、気になっていたのです」

「わかっています。内縁の主人のことでしょう?」

「そうです。内縁の主人と言われるけど、正式なご主人ではないのでしょう?といってバーテンだからということだけで、若い人を内縁の主人にするなんて世間知らずの僕ですが分からないのです」

 自分の若さを忘れて、私の聞きたいのはそのことでした。

「そうでしょうね。じつは内縁の主人というのは客の手前で言っているだけのことなのです。私の気持ちは彼を愛しているわけでもないし、結婚する気もないのです。男と女の関係があっても惰性でしかないのです。

 亮さん私て~そんな嫌な女なのですよ。亮さんは私を理想の女と言っていただいたけど、そんな風に言わないで欲しいの。

 亮さんは若いから私の見た目だけに憧れて、理想の女と言ってくれるけど、ホントは亮さんのお相手できるような資格は私にはないのですよ」

 断言する富子さんに私は富子さんが正直に自分の内心の気持ちを、私に打ち明けてくれたことに感動したのです。

 「富子さんは僕の不細工な男に気にしないと言ってくれたじゃないですか。僕だって富子さんの男関係がどうあろうと気にしていません。僕には今の綺麗で優しい富子さんが、それしかないのです。じつはほんとのところ僕のような見かけの悪い男には富子さんの綺麗な女性は合わないとさえ思っているのですよ」

 私の富子さんへの引け目はそれだったのです。

 私の手の届かない女性<ひと>だからこそ、富子さんは私には理想の女性とみているしかなかったのです。

 

  でも今、富子さんは私のそばに居るのです。

 その富子さんは私の話に笑い声上げたのです。

 「亮さん、それって私達お互いさまということじやありませんか。安心しました。これで私、亮さんに何でも話せますわ。お隣に座って話してもよろしい?」

 「どうぞ、どうぞ」

 席を横にずらして開けます。

 立ち上がり滑るように私の横に座った富子さんの体が密着してきて、ぬくもりが伝わってきて一気に血が上りました。心臓が激しく動悸します。

 なにか意識的に富子さんは私に体寄せているのではないのか?そんな想像がしてこれは本当のことなのか?

 夢見る気分てこれなんだと思ってしまいます。

 

 「亮さん私、彼と別れたいの。でも彼は離れてくれないのです。バーテンダーしてもそれだけで働くことしないのよ。私にずっと面倒見てもらうつもりみたいなの。だから別れを切り出しても承知しないの。それどころか男が居るからか?と邪推して暴力沙汰なのよ。このままでは私、一生結婚もできないし、家庭も持てないから、どんな目にあっても別れる気でいるの。でもね女一人ではとても彼にはかなわないから、本当に私を愛してくれる男性の手を借りてやり遂げたいの」

 「そんなに大変なことがあるのでしたか?でも、富子さんさえその気なら<別れます。さいなら>でいいのではありませんか?」

 「そうならいいのですけどね。私は暴力に耐えればいいのです。でも、相手の男性は許さないのです。とことん嫌がらせをします。今までも経験済みなのです」

 そうだったのか?と悪友の語った話に納得したのです。

 

 私はうなだれ涙ぐむ富子さんに思わず手を取っていました。

 「こんなに綺麗な女性<ひと>がどうしてそんな苦労を背負うのか?私より年上でも、若い内縁の夫?いや、夫ではない、愛人?情人?そうじゃない<ひも>だと断定して、あのバーテンダーの男に憎しみが沸き起こるのです。

 「富子さん僕も若いけど、どうすれば富子さんを助けられるのです?」

 思わず口走って隣の富子さんの顔を覗き込んだのです。

 

 途端にショック受けたかのように富子さんは私を見つめたのです。目が大きく開いて私を見つめた表情は驚きに満ちています。

 そして富子さんは首を振るのです。

 「亮さんそれはダメ~できないことは言ってはダメ。貴方は20歳<はたち>過ぎたばかりの学生さんなのよ。大きな会社の社長の坊ちゃんが泥沼のような、こんな話に足入れてはダメなの」

 「僕が大人でないからですか?」

 「いいえ、そうは思いません。でも、世間知らずのすごく初々しい亮さんがこんな汚れた話に引き込みたくないのです」

 「ではどうしてぼくをここに呼び出して、富子さんのいう汚れた話を私に聞かせたのです?」

 「それは?」

 虚を突かれたように富子さんは私を見つめ返します。

 でもすぐ笑み浮かべて私を見つめ、私の手を取るのです。

 「本音で話しますね。亮さんが初めて私と会ったとき、亮さんは私を理想の人と言ってくれましたね。私、そんな言葉を私に言ってくれた男性<ひと>は亮さんが初めてだったから、もう幸せいっぱいになったの。だから、とにかく亮さんと会いたい、話したい~その想いに憑りつかれたのです。

 年下だと分かっても会いたくなった~

 私、亮さんが好きになったのです。愛しているのです」

 いきなりの富子さんの私への愛の告白。そこまで富子さんに想われるなどとは?

 信じられないという想いに憑りつかれてしまいます。

 どう答えればいいのか? 

 唖然として富子さんを見つめていました。

 「いいのですか?僕はまだ学生ですよ。富子さんを支える力なんてありませんよ」

 かろうじて答えたものの、そのあとどう答えたものか?戸惑いながらも富子さんに<理想の人>と答えた私は、富子さんが好きだと言っていることと同じと気づいたのです。

 富子さんは私の返事に分かっていますと、言うようにうなずきます。

 

 「信じてくださいね。私は亮さんに頼る気はありません。亮さんが好きだと言ったけど、お付き合い続ける気持ちもありません。なぜなら、貴方と付き合いを続けると必ずこれまでの人と同じように、彼は貴方を苦しめにかかるでしょう。だから亮さんが好きなのは今日だけにして自分の想いを納得させることにしたいのです。ごめんなさいね。貴方の気持ちを考えずに、自分の気持ちだけを亮さんに押し付けること言って」

 富子さんは潤んだ目つきを私に向けると、私の両手をわが手に包み込んで自分の胸に押し当てたのです。

 私の指の背に富子さんの鼓動がとくとくと伝わってくるのです。

 頭に血がかっ~と上るのを覚えました。

 富子さんへの想いが押し寄せたのです。富子さんの手に包まれた手を振り払いました。

 富子さんの体を両腕で抱きしめたのです。

 「大丈夫、僕は富子さんを守ってみせます。若いからと心配しないで、内縁の夫だからと彼がなにを言ってきても追い払います。僕を信じて、任してください」

 富子さんの耳元でささやきます。

 でも富子さんは私の腕の中で首を振るのです。

 「無理です。止めてください。亮さんが苦しむことしてほしくない。お願いだから無理をしないで~」

 「大丈夫、僕に任せるのです」

 富子さんに後の言葉を言わせないように、私は富子さんの口に自分の唇で蓋をしたのです。<続く>