第2話 女装子が女になった <1章>

 ①

 私、川村亮<とおる>には悩むことが三つあるのです。

 一つは自分の容貌です。まず鼻です。

 鼻だけは母の遺伝なのか?高くとんがって似ているとはいえ母親より高い鼻を持っていて、母はそこだけ自分に似ているのが気にいらないみたい?

 私を呼ぶのに<ピノチオ>と呼ぶんです。童話の少年の主人公の名前だけど、母親は読んでいないのか?

 ほんとは<ピノキオ>なのにね。

 それに第一私はれっきとした大学生で少年ではないのですが?

 どうも母は父を憎んでいるように私には思えるのです。

 だから私が鼻以外はすべて父親に似ているから、私を生んだ子であっても気にいらないのでは?そう思えるのです。

 

 たしかに父は見栄えは良くありません。中年太りで腹が出て貫禄あるように思えるのですが、残念なことに背丈が150センチ。

 どんぐり鼻にげじげじ眉、細い目の上は髪がありません。

 もうどう見ても魅力ある男性と思えません。

 それなのにどうして母は父と結婚する気になったのか?

 母は背丈170センチ目のぱっりした色白の美人でモデルさんかと思える、スタイルも抜群の女性で、歩けば人目を惹くぐらいなのです。だから母は父と連れ立って歩くのを嫌がるのです。いわゆるノミの夫婦ですからね。

 私が、成人になってからその謎はとけました。親類の者がそっと教えてくれたのです。

 

 いわゆる政略結婚なのです。

 父は村の旧家の主人。一代にして農業主体の村でシステムエンジニアの会社を起こして、それを発展させ村の長<おさ>となったのです。確かに見栄えは良くないけど父は頭が切れるのですね。

 そして母は父親がその会社の下請けとして出入りする身分。

 美人の娘が望まれると<玉の輿>です。母は両親に説き伏せられて父のもとに送り込まれたのです。

 

 でも噂だけど、母には好きな男性がいたというのです。イケメンそのままの男性で美人の母とはお似合いだったと思います。でもその二人の仲を裂かれて父のもとに嫁いだ母。

 でも男女の仲は経験のない私には理解しがたいことだけど、それでも母は私を生み

弟の正<ただし>を生んだのですから。

 ただ、やっかみになるけど、正はまるで私と正反対なのです。

 私は鼻以外は父親似で、背は160センチ足らず。太い眉気に細い目。母が私をピノチオと呼ぶようにがりがりの細見、これだけは中年太りの父と違うのです。

 それに比べて正は背丈180センチ母親に似て色白の目元ぱっちりの好男子、偉丈夫であまりにも私と違い過ぎるのです。

 

 私は大学に入って悪友にも教えられて男女の知識をもつなかで、ひそかに思うのです。多分、正<ただし>は母と好きだった男性との不倫の子ではないかと?

 そして父もまたそれを感づいているみたいなのです。

 大学生になってから父が口癖のように私に言うのです。

 「亮<とおる>よ、お前は大学を卒業したらすぐに結婚することになる。だが相手の女は見栄えより、気質の良い性格の女を選ぶんだぞ」

 私にはその父の言葉は、自分自身の反省の言葉として父が私に教えているように思えるのです。

 

 でも父はその疑惑を妻に持っても、明らかにすることはできなかったのは村の長として、父の恥は村の恥、会社の恥となることを恐れたのではないかと思うのです。

 そんな背景があるからでしょうか?

 父は私を会社の社長の後継者として、私の居る前で周辺の人々に伝えるのです。母はそれに反発して、正<ただす>こそ見栄えが良く社長候補として後継者にするべきだと、裏で吹聴していることも私は知っているのです。

 それは母として暗に自分の夫の見栄えの悪さを嫌っていることを村の人々に知らせる結果になっているのです。

 

 私はこんな父と母とのありようの悪さに挟まれて、逃げたい思いでした。

 母には嫌われてピノチオと言われ、父には会社の後継になる期待を持たれて、その重荷から逃げ出したい。

 そうです。一つは私のブ男であることの劣等感、そして弟と比較されるながら社長の後継者としての期待を嘱望される、その二つは私には悩みでしかなかったのです。

 だから私はこの二つの悩みから逃げ出すことばかり考えていました。

 そしてその時間と言えば、大学卒業までに答えを出さないといけないのです。

 

 前置きが長くなりました。しかたないのです。後の話にこの前置きが必要なのですから。

 ②

 本当のところ今すぐにでも逃げられたら私はその道選びます。でも悲しいかな大学生の身です。親に養われ私の手に渡されるのは少し多めの小遣いだけです。とてもじやないけど一人立ちするには私にはその力はないのです。

 これが三つ目の私の悩みなのです。

 

 でも転機が来ました。

 大学仲間に誘われて女装スナックに行ったのです。

 自分のブ男の悪さが劣等感に包まれ、人前に出ることを嫌う私に、悪友は口説くのです。

 「川村君O市スナックでハローインのイベントがあるんだ、川村が車を出してくれたら案内するから行かないか?」

 隣村に住む悪友が私を誘うのは、私が車を持っているからだということは察していました。

 でもハローインだからいろんな装束に身を包んで誰とも分からないようにして、お客が楽しむというところに私は興味持ったのです。

 ひょっとしたら仮面かぶった素敵な美人達と次々と手に手を取って踊れるかも?そして私は仮面に身を包んで、素敵な紳士と思われる装束で仮面の美女と踊るのだ。

 そんな想像が浮かぶともう後先なしのOKしたのです。

 

 それからは学生生活には興味がなくなりました。

 ハローインでの装束に身にまとい、美女と踊り抱きしめる場面を妄想して何も手が付きません。

 意を決して市内に出掛け、ハローイン大売出しのお店を見つけて装束を手に入れたのです。燕尾服に黒の山高帽子を買い込みました。そして自分でも嫌になる容貌を隠すために仮面舞踏会用の仮面マスクも買ったのです。

 でも背丈が低い、かがとの高い靴まで買い込んだものです。

 

 そしてハローイン当日、隣村で悪友を拾い、スナックの近くの駐車場に車を止めて

車の中でハローイン衣装に着替えです。

 悪友は口ひげを生やした船長の衣装で滑稽さに思わず笑ってしまいます。

 「川村張り込んだな?やっぱり金持ちの社長の坊ちやんだ」

 かれは私の紳士衣装に羨まし気にいったものです。

 

 商店街の中ほどのビルの6階までエレベーターで上がります。薄暗い廊下に踏み出すと扉があって、開けると紫と赤の光線が瞬く中で静かな音楽に合わせて、さほど広くないホールで三組の男女が踊っているのです。

 やはりハローイン衣装らしく、男女とも原色に近い色の衣装に面をつけたり、長いウイッグの真っ赤な髪をたらしたりしています。

 

 それよりお相手です。

 ホールの端のソフアーに女性が水色ドレスで肩脱ぎ衣装で髪に大きな造花を付けていて、でも可愛い顔立ちの若い女性です。

 <居た~>この子ならと見つめて品定めするけど、足が動きません。

 <どういう風に誘うのか?>初めての経験です。思案していると隣の悪友がさっと走り寄ると声をかけ会釈すると、うなずく彼女の手を取って立ち上がらせる、その素早さ~。

 私はただ唖然として見つめるばかりです。

 「お客様、私がお相手しましょうか?」

 鈴の声と言いますが、透き通る声が耳元でしたのはそのときでした。

 笑み浮かべて私を見つめて立っている女性。

 息を止めて茫然として見つめ返しました。

 黒いドレスに身を包み、胸には真珠のネックレスが白く鈍い光で揺れています。

 でも真珠よりも白い肌をした胸元をたどると、彼女の大粒の目、真っ赤な唇、山形の眉、ふっくらした顔立ちの笑顔~そのすべてが私を魅了したのです。

 

 「どうかしまして?そんなに見つめられては恥ずかしいじやありませんか」

 言われて、はっと我に返りました。

 「すみません。でも僕には理想の女性に出会ったものですから~」

 「あら、どうしまして?理想の女性て?」

 首傾げて訝し気に見返されて、慌てました。

 「それが、それが~貴女が私の~」

 後の言葉が出ない。私はこの女性<ひと>になにいうつもりなのか?頭の中が激しく回転します。でも、一気に吐き出しました。

 「貴女が私が求めていた理想の女性です」

 自分では気が付かないけど激しい勢いの言葉のようだったのに違いない。

 さすがに女性もびっくりしたようだった。驚いた表情を見せたものです。でもさすがに落ち着きを見せたのはさすがです。

 「嬉しい。そんな素敵な誉め言葉頂いたお客様は初めてです。嬉しい」

 本気にそう感じての言葉なのか?女性慣れしていない私には分かりようありません。

  彼女はいきなり私の手を取って、ダンスの形にしたのです。

 私の手が彼女の背に廻って、彼女のリードで動き始めてそこで気が付いたのです。

 甘い旋律の音楽が私の耳に流れ込んだことを。

 ③

 「ちょっと待った。話が違うじやないか?女装子はどこなんだ?美人の女装子は」

 いきなり話している私のベットの下から声があがって、話を中断されたのです。

 死神です。白い歯カタカタさせています。

 「どうしました?死神さん」

 「どうしたじやないよ。心地良く話を聞いていたけど、いくら聞いていても女装子ははでてこないじやないか?始めは、その美しいその女が女装子と思ってわくわくしていたのに女とはとんでもない話だ。分かりました。あんたをお迎えしよう」

 「私をお迎え?」

 言われて私は慌てます。

 「一寸待ちなさい死神さん。気が早すぎるじやないですか?女装さんは出てきますよ。美人の女装さんがね。でもね物ごとには順序というものがあるのです。人間は生きることには限りはあるけど、死神さんは死ぬことないでしょう。死んでしまえばお迎えするものが居なくなって困るでしょうからね。それなのになぜ気が短いのです?

命短しの私が気長く居るのに、命長しの死神さんが気が短いのです?少しは気長に私の話を聞きなさいよ」

 「いやあ~これは一本参った~参った~。分かりました。続き拝聴しましょう」

 これでも笑っているつもりか?死神はカタカタ歯を鳴らす。

 

 やれやれ~こんなことでは話はまだまだ続きそうだ?思いながらも私はまた話し続ける。

 音楽に合わせて私は夢中で彼女と踊り続けました。

 経験したことのない女の人とのダンスだからだけではないのです。夢にまで見た私の理想の女性に巡り合えて、しかも抱き合ってダンスをしているのです。

 あり得ないことが現実になって、私には奇跡としか思えないのでした。

 「ハローインでお客さん衣装に凝っていらしてますけど、でも貴方の衣装は最高ですわ。昔のヨーロッパの映画に登場する紳士の主人公みたい」

 「ありがとうございます。良かった~ハローインに参加したのは初めてだから、衣装は奇抜なんだろう?と思ってお店回りしたのです」

 「いえいえ、奇抜どころかすごく上品な、紳士です。お店に入ってこられた時すごく目立って、思わず声掛けましたものね」

 「今まで体験したことなかったので、戸惑っていたのですが声かけて頂いて助かりました。それで恥ずかしいこと言ってしまいました」

 「理想の女性ですか?恥ずかしがらなくてもいいのですよ。そんな素敵な言葉頂いたのは、お店で居てもはじめてですもの嬉しいのですよ。仮面つけてられるから分からないけど、お若いようだけどお幾つですの?」

 「20歳です。まだ大学生なのです」

 「ええ、そんなに若いなんて、私より9歳も年下です」

 「29歳ですか?とてもそんなにみえません。私とそう変わらないと思っていました。綺麗です」

 「まあ嬉しいこと言って、貴方から見れば私はおばさんですよ」

 嫣然と笑み浮かべる彼女の色気があふれて、私は息呑んだのです。

 「僕は川村亮と言います。また来ますから相手していただけますか?」

 ドキドキ鼓動を感じながらも思い切って告げました。

 「川村?お住まいはどちらですの?」

 「市の隣のO村です」

 「ええ~それじや、まさか?川村工業の社長さんの?」

 「はい、社長は私の父です」

 「ありがとうございます。川村工業の社長さんの坊ちゃんが来ていただけるなんて光栄ですわ。喜んでお相手さしていただきます。申し遅れました。私、お店のママの小枝富子です。よろしくお願いします」

 自己紹介して、引き込まれる笑み見せると彼女は私の手を引いて、男女の客のダンスの群れをぬって店の奥のボックスソフアーに案内して私を座らせると、また笑顔を見せます。

 「飲み物はなになさいます?」

 「ウーロン茶でいいです」

 「かしこまりました」

 立ち上がってカウンターに向かう彼女を見送ると、髭の船長の悪友が造花の大きい花を載せた可愛い女性とダンスを踊りながら、私にウインクしてみせます。

 <坊ちゃんやるじゃないか?>そう言っているようです。

 さすがに照れくさくなって、苦笑いしてうなずきます。

 そういえば私の前を踊りながら通り過ぎる男女が、好奇心に満ちた視線を私に走らせるのです。

 私の燕尾服の紳士姿のハローイン衣装は、客のなかでも目立つようです。

 

 「いらっしやいませ、川村様」

  声がかかって私とそう変わらないボーイ姿の若者が、テーブルにウーロン茶のコップ置くと、深々と頭を下げるのです。

 「バーテンの海野です。贔屓にしてやってください」

 横からママの富子さんが口添えします。

 「川村です。若者同士です。これからお店に通いますので、友達と思っていろいろ教えてください」

 「かしこまりました。女のお客様もおいでになりますので、遠慮なくお相手して楽しんでください」

 愛想笑いと思える笑みみせるバーテンの目がきらりと光って私を見つめたのを、そのとき私は感じて不審さが脳裏を走るのを覚えたのです。

 「そうですよ。川村の坊ちゃんと聞けば女の方達競争で寄ってこられますよ」

 ころころ富子さんは笑います。

 <違うのだけど~僕は貴女さえ相手してもらえるなら、それだけでいいのです>

 心で思うのだけど、口には出せません。

 

 バーテンの海野さんがカウンターに戻るのを見送ると、富子さんは私に頷いてみせます。

 「もういいでしょう川村のぼっちやん。その山高帽子と仮面を取って素顔見せて頂けません?」

 「うん~ホントは僕は素顔見せたくないのです。きっと富子さんがっかりさせるに決まっているから」

 「そんなこと気にしているのですか?これでも私、大勢のお客さんお相手しているのですよ。見かけで選んでいたらお店やっていけないでしょう?」

 笑声あげると、富子さんは私の頭上に手をのばすとさっと私の頭にある山高帽を取り上げたのです。

 あっ!声上げたけど手遅れです。

 いわゆる若はげというやつです。私の額が禿げ上がって、それだけでなく20歳の若さというのに髪も薄いのです。

 恥ずかしさに真っ赤になって身を縮める私に富子さんは私の手を握りしめると、真顔になって私に告げたのです。

 「別に恥ずかしがることではないでしょう。おかしいなんて思えません。さあ~この仮面マスクも取りますね?」

 優しい言葉で言われると、もう私は遮ることできないのです。

 富子さんは私の仮面マスクをゆっくりと外します。

 私自身が嫌で嫌でたまらない、父に似た細い目です。

 もう駄目です。こんな不細工な顔の私を富子さんが相手にしてくれる筈はありません。

 顔を見せるのも嫌で私はうつむいて、膝頭を見るばかりです。

 

 「亮さん顔上げなさい。大丈夫よ。貴方は立派な若者よ。その燕尾服が似合う紳士ですよ。胸そらして私を見なさい」

 優しい言葉が降ってきたのはその時でした。

 私のあごに手が添えられて、顔をあげさせられました。

 富子さんの微笑みの顔が私を見つめていました。

 

 その微笑みが私の気持ちにゆとりを与えました。

 「でも富子さん自分の不細工な顔が僕は嫌で嫌でたまりません。僕だけではなくて母も私をピノチオと言って嫌うのです」

 「ピノキオ?そうなの?そういえば亮さん素敵な高い鼻持っていますね。お母様は嫌いだからピノキオと言われたのではないと、私は思うの。貴方だって内心そう思っているのではありません?それなら貴方はさっき私に<理想の女性><綺麗、付きあって欲しい>そう言ったでしよう?ブ男で自分の不細工な顔が嫌いというなら、そんな言葉出てくる筈がないでしょう。言えるような自信を貴方は内心持っているということではありません?」

 「そんなこと僕考えたことありません。鏡見ると不細工な自分の顔を見て、嫌になるんです」

 「まあ、まあ~亮さん私は貴方にお付き合いしますと言いましたね。貴方は自分の顔が嫌いというなら、私は嫌いな顔の亮さんが好きでお付き合いしますと言ったことになるのだけど?そうなの?」

 「それは?」

 問われても返事のしようがありません。

 嫌いな顔だから好きになるなんて考えられません。性格が良いから?相性がいいなら不細工な男性でも好きになれるの?

 それはあることだとおもいます。でも私と富子さんは今会ったばかりです。性格が好きだから?相性がいいから?なんて考える余裕はないのです。

 だから私の言い分通すなら、富子さんは私の不細工な顔が好きでお付き合いしたいという答えになってしまいます。

 なにか堂々巡りのなかに巻き込まれて答えが出てこないのです。

 富子さんへの返事を失って黙り込んでしまっている私です。

 「私は貴方の容貌のことなど気にしていないのだけどね。でも亮さんは私と付き合いたいけど自分の容貌が気になるのね。気にしなくていいのよ、私、亮さんと話しているうちにだんだん亮さんが好きになってきたみたい?貴方って、今まで私の知っている男性とまるで違うのだから。うぶで、優しく思いつめるひたむきさ~それに引かれてしまう」

 白い顔の富子さんの顔が赤く染まって私を見つめているのです。

 ええ~富子さん僕を好きになったの?

 喜びが一気に立ち上って私のなかを駆け巡ります。

 

 <富子さんが私を好きになった。奇跡だ。奇跡が起きた>

 歓声に包まれている気分です。

 無我夢中、富子さんの両手を包み込んで握りしめました。

 「でもね、亮さん私は貴方を好きになってはいけないの」

 その言葉を富子さんの口からでたことに私は信じられない思いでした。

 「どうしてです?いま、富子さんは私が好きだといったではありませんか?」

 「そうよ、でもね亮さんは若いから世間に疎いから分からないでしょうね。考えてごらんなさい。私は貴方より9歳もの年上、そしてこんな水商売の女、私達のお付き合いを貴方のお父様は許してくれる筈ないでしょう。付きあっていることを、お父様の耳に入れば引き裂かれるに決まっています」

 「富子さん僕は若いけど、そんなこと考えていなかったと思っていたのですか?僕は理想の女性に出会ったのです。誰が何と言おうと僕の意志は変わりません。父が僕達を引き裂こうとしたら、僕は家を出る覚悟です。そのときは後継ぎは弟がなれば良いのです」

 「亮さんそこまで考えて、でも、それでも難しいことが~」

 言いながら難しい顔つきになって富子さんは、視線を横にそらすのです。

 その視線の先を私は追います。

 客はみんな男女か男同士の二人連れで、ソフアーに座って会話にふけっていて私達に視線向けることはありません。

 静かな音楽が流れて、会話を楽しんでいるのです。

 いえ、富子さんの視線は客に向けられているのではないのに私は気付きました。

 カウンターのあのバーテンが仕事の手を休めて、私達を睨みつけているのに私は気づいたのです。

 

 「内縁の主人です」

 富子さんから返ってきた静かな言葉は、私のなかで爆破する打撃を与えたのです。

 「第2章に続く」

 

 ⑤

 「一寸待ちなさい。おとなしく話聞いていたのに女装子出てこないじゃないか?

もう待ちきれない。あんたのお迎えさせてもらうから」

 ああ、また死神の横やりです。慌てて私は返事を返します。

「死神さん待って下さい。死ぬことのない貴方がなぜそう気が短くて急かすのです。気長に待つと私に約束したばかりじゃないですか?」

「約束したよ。でもこんな長い話なのに一向に女装子は出てこないではないか。もう待ちきれん、貴方のお迎えする」

「一寸待って、せっかくここまで話したのですから、最後まで聞いてください。女装子の出てくるのを待っているなら、次には必ず出てきますから。待たせません。読み始めたらすぐ女装子の場面ですから待って下さい」

「本当ですか?すぐに女装子の話聞けるなら待ちます」

 死神が歯をカタカタ鳴らしての返事に、私はほっとした気分になって息ついたのです。