<注・>小説の主人公モデルとなった
相原しおりさんです。
103回・最終回
「正人さん車が来ましたよ。早く出てきてください」
「一寸待って~ズボンのボタンがきつくなっているんだよ」
玄関の戸を引くと、正人さんは背広姿でズボンの一番上のボタンを留めるのに躍起となっているのです。
「ボタンが止まらないて~正人さん先日新しい支店できたお祝いに背広を新着したばかりでしょう。どうして着ないのです?」
「そうじゃないんだ。昔、あきさんと京都にデイトした時のこの背広を納戸で服選びしていて見つけて、懐かしくなって着てみたんだけどやっぱり無理かな?」
「そんなの無理に決まっているじゃありませんか。10年前の服ですよ。正人さんも肥えてきているのですから」
「とうとう僕も中年太りになったのか?」
「どうしてまたたくさん服があるのに、昔の服着る気になったのです?」
「あきさんの着物姿見たからだよ。あきさんとのデイトで京都の会社の保養所行ったとき、大阪の新地のママ?と思うような女将のお出迎いされたこと覚えている?」
「覚えていますよ。羨ましいぐらい綺麗なひとでしたもの」
「僕の覚えているのはあきさんを抱いたときの感激だったけどね.」
「もう、私は恥ずかしい経験だったことしか覚えていません」
保養所のお風呂場に入って、正人さんにタオルをはぎ取られて、裸身にされて男の正体を見られたときの恥ずかしい思いは私には忘れられぬ記憶なのです。
「それより正人さんいくら昔のことでも、あきさんは止めてくれません。
今は正人さんの妻で詩織<しおり>という本名なのですからね。昔の話になると正人さんは私をあきさんと呼ぶのですから。女装子のあきさんは忘れて、私の本名の詩織と呼ぶようにしたいと提案したのは正人さんなのですよ」
「わかっていますよ。でも、詩織さんの着物姿見ると、ついあの女将の色気に負けない詩織さんの色気に惑わされて、あのとき着ていた服をだしていたのですよ」
「私は正人さんのその口に惑わされたのですよ。とにかくじっとしていてくださいネ」
私はかがんで正人さんのズボンのボタンを留めるのです。
立ち上がると正人さんは私を抱きしめて、口を寄せてくるのです。
「正人さんダメ、木戸さんに見られるでしょう」
木戸さんは会社のお抱え運転手さんなのです。
「いいじゃないか、会社では社長と専務の熱々は公認なのだから」
「ほんとに10年たっても正人さんは変わらないのだから~」
「仕方ないでしょう。僕は美人の専務に惚れているのだからね」
<美人の専務>と言われると私も嬉しい気持ちです。
いろいろと女装子の辛さに出会いながら、やっと正人さんやミカちゃんとの再び家族の暮しを取り戻してから10年の歳月が流れて、今は正人さんは大きくなった会社の社長で、私は専務として正人さんを助けているのです。
<あきさんを受け入れない会社では、僕も受け入れない>と会社を辞めた正人さんは仲間たちと、自分たちの会社を作ったのです。
当然、豪華な社宅も出て、親子3人は3LDKのマンションに移り住みました。
しばらくの期間、厳しい生活が続きました。私もミカちゃんを保育所にあずけて正人さんの会社で経理の仕事をして正人さんの手伝いしたのです。
数年たつと、正人さんの海外でのこれまで培ってきた業績が生きて、海外との取引が広がり会社は発展しました。
社員が増え、会社の建物も広がり社長の正人さんも、専務になった私も仕事に振り回されるようになって、会社の敷地の隣に自宅を建てるまでになりました。
その邸宅といえる規模の大きい建物の計画に私も驚いたものです。
正人さんは私の問いに胸張って答えるのです。
「専務この計画は、まづ会社のため海外の取引先のオーナーとの取引の場および接待に使う施設として、会社の別館とする。第二に社長と専務が会社に隣接する建物に住むことで、時間外で不急の用件ができたときにすぐ会社にいくことができる。
第三に従業員を建物の管理者として配置して、専務の家庭内の負担を軽減する。
第四に専務がミカのママとして仕事中も別館に通うことができる。
どう専務、この計画素敵だろう」
「確かに私のための計画みたいで素敵ですけどね。でも正人さん、いえ、社長、専務として意見云いますけど、第一はよろしいです。会社の応接室ではオーナーの接待できなくて手狭ですからね。
そして第二ですけど、なにか苦しい説明です。会社の費用で自宅を建てると言うことでしょう。これはダメです。建てるなら会社の敷地に借地料払って自宅を建てることぐらいです。家の建設費用は家計から出せますからそうしてください。
第三?正人さん何考えていますの?建物の管理者は分かります。でも従業員だなんて、女中さん置くということでしょう?」
「違いますよ専務。取引先との関係で食事しながらの会話は取引の上で必要なことなんだ、だから板前でも置いて土地の美味しい料理食べてもらおうと~」
「ついでに私達の料理も作ってもらうと~でしよう?」
「詩織さんは僕の考えていること分かるんだから~」
「そうですよ正人さん、何年一諸に住んでいるのです。正人さんの考えることぐらいは分かりますよ」
答えながら笑ってしまいます。
<これって夫婦の会話?それとも社長と専務の会話?>ホントに自分でもおかしくなるのです。なにか私達て、仕事仲間みたいな関係だと思ってしまいます。
正人さんの妻として、女であっても、矢張り女装子の男の性が顔出すように思えるのです。
「じや社長こうしません?料理人でも板前でもいいです。でも食事を出すのは別館に食堂作って、社員食堂にしません?そうすれば社員が外食で店やもんで過ごすより栄養的に良いし、食費の負担も軽くなるし。社長も社員と一諸に食事することで社員との近親間が生まれるでしょう?」
言いながら、でもそれだけでない私の主婦としての魂胆があったのです。
<食堂の残り物は自宅の処分にすれば、食事の用意が助かる~と、みみっちいこと考えていたのですから>
「なるほどね~専務の提案に賛成しましょう」
私の魂胆も知らぬげに社長は感心するのです。
こんな経過のなかで会社の別館とともに自宅が出来上がったのです。じつはそれも私の魂胆で、会社の別館と合わせて同じ業者に自宅の建設をさせたので、自宅の建設費が安くできたのです。
でも自宅の規模はこじんまりとした家にしました。社員の見る目があるからです。代わりに庭を広くしました。
マンション住まいの長い私の長年の夢だったガーデニング作りです。
庭にいっぱい草花つくりすることです。
正人さんに手を繋がれて、玄関をでると私は習慣になっている、庭の草花に囲まれたガーデガンに挨拶するのです。
冬の季節をまたいで春を迎える花々が咲きだしています。
クリスマスローズ、1月の寒い時に花を咲かして3月まで咲く早春の花です。
オステオスぺルマム、春の訪れを告げるかわいらしい花です。
ラナンキュラス、オレンジ色の明るい花弁で15から20も花をつけるのです。
クンシラン、春に咲く豪華な花です。
「詩織さんクンシランが見事に咲いているね。ランにしては違った咲き方している」
「正人さんクンシランはランじやないのよ。ヒガンバナ科なんです」
「へ~それは知らなかった。やっぱり花は詩織さんだね」
「だってこの家ができたときから、育ててきた花達ですもの。私の子供みたいなものです」
ミカちゃんは私の手を離れて東京の私立高校に通っているのです。だからこのガーデニングはミカちゃんの代わりと言って良いでしようか?多忙な会社の専務の仕事の合間に育てるのが、私の唯一の楽しみなのです。
まあ、仕事の合間に息抜きに仕事を離れると、一休みに楽しみに来るのがミカちゃんと会うのと同じ気分なのです。それだけに正人さんが会社に隣接して家を建てたことは嬉しいことなのです。
「子供を産む代わりに花を生んだということなんだ。だから詩織さんに似て綺麗な花ばかりだ」
「もう正人さんそれ誉め言葉なの?」
「そうですよ。僕には花より詩織さんですから」
「また、いつもの正人さんのその口に私は騙されるのです」
言い返しながらも私は女装子の私を偏見を持つことなく、私を愛してくれる正人さんに嬉しくて、正人さんを愛するのです。
「もうそろそろミカちゃんが駅に着く時間ですよ。行きましようか」
「今日はミカが久しぶりに帰ってくるのだから、レストランで最高の食事をしようかね詩織さん」
「私は料理もいいけど、ミカちゃんの顔を見るのを待ちかねているのですよ」
「もう詩織さんはミカの本当のママになったのだね」
珍しくしみじみとした口ぶりの正人さんです。
会社の駐車場で運転手の木戸さんが車の扉を開いて待っています。
「ごめんなさいね木戸さん、待たして」
「いいえ専務、これが私の仕事ですから」
車に乗り込むと正人さんは私の手を握ると話しかけます。
「ミカも大学受験だね。でも法科を受けるなんて将来何を目指しているのか?私の後継ぐ子供はミカしかいないのだからな、検事でもなるつもりだろうか詩織さん」
「それはありませんよ。多分弁護士じゃありません」
「ミカがそう言ったのか?」
「いいえこれでもママですからね。ミカの話聞いていたら分かりますよ。あの子この間名古屋に行っていたのですよ。新聞の写真にあの子が写っているのに驚きましたけどね。違憲判決と書いた横断幕を掲げた人たちのなかに居たのです。記事では<同性婚不受理は違憲><法の下の平等、婚姻の自由に違反>名古屋地裁判決とね。
あの子は私達のために法律上の婚姻を認めるために頑張っているのですよ。だから弁護士になろうとしているのだと分かりました」
「ミカはもう自分の進む道決めていたのだね。それも私達のために」
「そうですよ正人さん、だからミカのことはミカの意志を尊重するようにしましょう」
「でも詩織さん、僕は僕なりに社長としてだね、ミカを会社の後継ぎとして育てようと思っていたんだけど~」
「大丈夫ですよ。私が居るでしょう」
「きみが?僕の妻でもある専務の君が社長になると言うのか?」
「そうですよ。後継者だなんて引退考えるような歳じゃないでしょう正人さん。言っておきますけど私は正人さんより九歳年下なのですからね。ミカちゃんとは姉妹に見えるくらいですもの。なにより専務としての私は社長より会社のことを知っているのですから後継者として適任でしょう?まあ、私が言わなくても社員たちは専務が次期社長だと下馬評するぐらいですから」
「参ったな~それなら僕は安心して動けなくなるまで社長を頑張るからね」
「はい、そうしてくださいネ。私が社長になるときは私は穂高詩織になっているかも知れませんよ」
なにか私達の未来が素敵な幸せに見える未来が待ち構えているような気がして、二人して笑い声上げるのです。
「ああ電車が着きましたよ。ミカは?ホームに降りてきました。正人さん早く車を降りて改札口に迎えに行きましよう」
正人さんを置き去りして私は改札口に駆け寄ります。
ホームのミカちゃんは目ざとく改札の私を見て手をふると、「ママ~帰ってきましたよ~」と、大きな声で叫ぶのです。降りる人がそばを通っていくと言うのにね。
だから私も大きな声で「ミカちゃん待っていましたよ~」と答えるのです。
「ミカもすっかり大人になって、娘になったね。美人なのは詩織さん譲りかな?」
正人さんがそばでささやきます。
「そうですとも。私の娘ですもの私に似て美人なのですよ」
女装子は子供は産めない。それは分かっています。でもミカは私の子供であることには違いないのです。
そうです。
私は<ママになった女装子>なのですから~
<終わり>
<注・長い物語読んで頂いてありがとうございました>冬野あき<愛称>とくみ
2022年8月~2023年11月Ameba 連載・91歳~93歳
<注・また歳にも負けずあたらしい作品書いています。森田豊子さんとの共作です>
<題名・死神と女装子>の短編集です。<一話・死神がやってきた>