99回

 

 あくる日また早く出勤して待合室の掃除をしていると、奥から前畑先生が出てこられたのです。静さんから見ればすっぴんのメイクなしだけど、前畑先生のときでも静さんとあまり変わりません。

 「あきさんお早う。昨日はご苦労さんでした。どう本条さんから引き継ぎできた?一人でやっていけそう?」

 「はい大丈夫だと思います。病院と違ってお年寄りの患者さんが多いですけど皆さん気さくで、気持ちよく応対できました」

 「そう、それは良かった。分からないことあったら、森本さんに聞けばいいからね」

 「はい、そうします。受付、会計の事務的なことは病院のときとあまり変わりませんから大丈夫ですけど、患者さんのことはこれから教えてもらいながら覚えていきます」

 「本条さんから聞きましたよ。あきさん患者のおばあさん達の受けが良いそうじやないですか。」

 「お年寄りの人達なにか診察に来られるだけでなく、ここでおしやべりするのを楽しんでられるみたいです」

 「そうなのですよ。あきさんもそう思いますか?たしかに普通だったら医者に診察する気にならない症状でも、来ますからね。考えてみたらこの商店街でお年寄りが集まっておしゃべりできる場所がないからかもしれませんね」

 笑われる前畑先生に、ふと気が付きます。私と二人の時は先生は私を相原でなく女装名のあきさんと呼ぶのです。矢張り私と二人の時は先生は静さんなのかも知れません。

 それに私は気が付きだしているのです。

 前畑先生は別としても、本条さんも森本さんも知っているはずなのに、私の女装のこと全く触れないで、私を女性として扱ってくれていることです。

 勿論患者さんも私が女と思っていることの自信はありますけど。でも、これは今までにない経験です。

 病院で居るときは当然メンズですけど、でも女装がばれないか?始終神経すり減らしていました。

 それに自分自身もメンズ姿で仕事することの違和感がまといついていたのです。

 それがこの医院に来て、まるで水を得た魚というけど確かに私はのびのびしている自分に気が付くのです。

 多分、女として仕事できる高揚感があるからでしょうか?

 

 

 だからあくる日も本条さんはいなくて私は一人で受付、会計で少し緊張していたけどなにかわくわくした気分です。今日からは患者さんの応対は受付の私からはじまるのですから。

 前畑先生は看護師の森本さんに聞けと言われるけど、森本さんは診察の時は診察室で先生についているから、私が患者さんの応対するしかないのです。

 そしてこの日も医院の入口の扉のガラス越しに人影が見えたので、時間前だけど扉を開けたのです。

 入ってきたのは中学生くらいの女の子連れたお母さんみたいでした。

 私のお早うございますにも、早口で答えて、なにか気もそろぞの感じのお母さんです。

 嫌がるそぶりの女の子の手を引っ張るようにして、待合室に座ります。

 <女の子が患者さん?>思うのだけど、女の子を見る限り<病気?>という感じがしないのです。

 「子供さんの具合が悪いのですか?なにか元気そうにしか見えないのですけど」

 とにかく聞いてみました。診察のカルテをつくらないといけないのですから。

 

 「それがね聞いてください。この子学校に行くのが嫌だと言い出したのです。登校するとなると食事ができなくなるの。それで問い詰めて問い詰めてやっと分かったのが、この子いじめにあっていたのよ。だから学校に行きたくなくなったのですよ。それでね食事もしないから先生に診察お願いしょうと思って」

 「問題はいじめですね。学校に言いました?」

 「言いましたもの~それが腹が立つじゃないの。調べましたがそんな事実は見当たりませんでした。だって~相手にしてくれないの。だから先生に相談したくて」

 ええ?これ診察の対象になるの?首傾げたけど私の判断することではないので、

 「分かりました」だけ答えて、看護師の森本さんを呼んで説明します。

 「これは教育委員会に行ってもらうことではありません?」

 不思議に思いながら問うと、森本はさんは笑み浮かべてうなずきます。

 「大丈夫、先生に診察してもらいましょう。食事ができないなら、それも病気のうちですから」

 病院では経験したことのない患者さんです。

 二人を診察室に通して、次に入ってきた患者さんの受付して、どうも診察が長引きそうだと言う予感がしたので、ソフアーに座って待つている患者さん相手にしゃべる相手になって時間稼ぎです。

 

 確かに時間かかったけど、診察室から出てきたお母さんはニコニコ顔です。

 「やっぱり先生に相談して良かったです。教育委員会に電話して先生の診断書持っていけば、学校がきちんと説明すると言うことになりました。ありがとうございます」

 その答えに、ええお医者さんがそんな診察までするの?前畑先生に驚いてしまいました。

 凄い先生のもとで働けると思うと、女装公認と相まってこの医院で働くことの楽しさが、嬉しくなってくるのです。

 

 土曜日、アパートの家主さんのところへ行って、短い借家人のお詫びを言ってから

アパートに戻ると、最後の荷物の荷つくりに追われました。

 日曜日、運送屋さんの軽トラックに段ボールを積み上げてもらって送り出すと、大急ぎで電車で先回りして、医院で出迎えです。

 

 それにしても先生の部屋の豪華な調度品のほとんど残されていて、驚きます。

 この部屋から隣のキッチン、そしてその隣は医院の間取りになって、もう私には過ぎた住処<すみか>と思うばかりです。

 運び込まれた段ボールの荷物を整理して落ち着くと、改めて教えられている携帯に電話を先生にします。

 お礼を言ってから、調度品がそのままでいいのですかと尋ねたのです。

 「いいのよあきさん。彼のこの部屋3LDKだけど私の調度品入れるには狭すぎるのよ。気にしないで空いているのは使ってもいいからね。まあ、貴女の正人さんが迎えに来たら空き家になって、私と彼で使うことになるからそのままでいいのよ」

 嬉しそうに笑う声はまさしく。前畑先生でなく静さんそのものでした。

 静さんは念願の家庭の奥さんになったのだと思うと、羨ましいと思いながらも祝福を送る気持ちです。

 ひょっとしたら静さん女性として彼と過ごすなら、医院でも女医さんになって診察するようになるのでは?

 この空想は私をすごく嬉しい気分にさしてくれるのです。

 

 それからの毎日、今までのわびしい一人暮らしの気分はなくなって、医院での毎日の勤めに励んで、休診の時は静さん夫婦のお供でルージュでのカラオケに通って過ごす日々になったのです。

 まあ、医院での昼過ぎの食事とき、森本さんと三人でいるとき先生、いえ静さんの

のろけ話には閉口させられるのですけどね。

 <続く>次回100回終わりでない、終わりです。