97回

 

 コーヒーカップを持ったまま私はポカ~ンと静さんを見ていました。

 信じられない~頭の中で何度も繰り返していました。

 確かにルージユで見る静さんと間違いないのです。でもたった今、白衣のお医者さんだったというのに、コーヒーを淹れるそのわずかな間にモデルさんのように現れた静さんに私はあっけにとられたのです。

 そしてその衣装~

 

 「驚いたあきさん、このお洋服素敵でしょう。ビンテージツイル・コートワンピース。羽織にもなる、ワンピースにもなる大人の魅力を引き出すコートワンピ。」

 「信じられません。短時間にそんな素敵な衣装で女装するなんて~」

 驚きながら、女装のフレンドさんが静さんのことで言ったことを思い出したのです。

 

 「静さんはおしゃれなのよ。それが会うたびに衣装が違うと言うだけでない上品さがあるの。例えばモノトーン(単色)のシンプルなデザインだけど、素材がカシミヤやシルクなどの高級素材のワンピースと言ったそんな上品さを醸し出すおしゃれなの」

 いま、静さんを見て確かにそうだとおもいます。

 いえ衣装だけではないのです。

 ネックレスなどジャラジャラした感じの装飾ではなく、シンプルに真珠の耳飾り、そして後ろに束ねた黒く艶のある髪~これは絶対高級ウイッグです。手入れされた綺麗な爪。

 お医者の前畑先生の時なぜ気がつかなかったのか?不思議です。

 いえそれよりもコーヒを入れる短いあいだにどうして女装に変われたのか?それが不思議というほかありません。

 「先生~いえ静さんどうしてそんなに早く女装ができるのか不思議です」

「ふふ~どうしてでしょうね」

 笑み浮かべて静さんは面白そうに笑うのです。

 どうして?首傾げて、はっと気が付いたのです。

 「静さん、お医者の白衣の下はその衣装だったのでしょう?」

 「わかった?でもいつもじやないのよ。あきさんとすぐ出かけられるように用意していたの」

 「出かけるって?」

 「食事に行ってあきさんの就職お祝いして、それからルージュに行くの」

 「就職祝いだなんて、静さんは私を雇う側でしょう?」

 「そうでもないの、その相談したいからとりあえずコーヒー飲みながら話しましょう」

 「すみません。静さんに夢中になってしまって~」

 慌ててお湯で温めていたコーヒカップにコーヒー注いでテーブルに並べます。

  静さんがコーヒーを一口飲むのを見て私も口にしますが、話して?なんだろうと静さんを見つめます。

 思いながらも質問が残っているのです。

 「でも衣装はいいとしても、メイクはどうですの?私なんかメイクに30分はかかりますけど」

 「ふふ~私の女装は、白衣を脱いで、診察の時はいていたズボンを脱いで、衣装はOK.そしてメイクはメイクでないかもね。顔を洗って化粧水、あとは粉おしろいでポンポンと顔はたいて、眉を筆で少しいじってお終い~。簡単でしょう?」

 「それでそんなに綺麗だなんて~」

 「ありがとう。綺麗というより、私は女顔でしょう。だから医者で居るときも知らない患者さんに女医さんと間違えられるのよ」

 「へえ~ああ、それでお話というのは何でしょうか?」

 「まず私の話からね。じつはあきさんにはルージュで話したでしょう。私の彼が戻ってきたと~。それがね彼と同居することになったわけ。彼のマンションで住むのよ」

 「ええ、素敵です。羨ましい」

 「羨ましいでしょう。だから、あきさんだって羨ましくなるのよ」

 「羨ましくなる?どうして?」

 言ってから気が付きました。正人さんとのことだと~。

 「それで貴女との話というのは、ここに住んで正人さんの帰りを待つの。」

 「ここに住むって?どういうことですの静さん?」

 なにか話がとんでもない方向に行くようです。これはもう就職だけの話ではなさそうです。

 「でも、ここに住むなんて、正人さんは探すのは無理です」

 「そうじゃないでしょう。貴女、メイクの先生との話であったそうね。正人さんが貴女を愛するなら、貴女を探し当ててくると~それを信じなさい」

 「でも正人さんとの繋がりはお母様との約束で、一切切れてしまいました。本音のところ私、正人さんが来てくれるなんて、自信ありません」

 「もうルージユで私言ったでしょう。信じて待つのよ。とね。とにかくその話は横に置いて、ここに住む話をしましょう。」

 

 コーヒーを口にしてカップを置いた静さんが、私の立場からでなく、静さんがなぜ私をこの医院に住ませようとするのか?なにか理由があるのでは?

 私もコーヒーを口にしながら思うのです。

 「実はね、私の都合で貴女にここで住んで欲しいの。医療事務職の採用の話だけではなくて申し訳ないのだけど、今も話したように私が彼と住むとなると、この医院が無人になって用心悪いの。高い医療機器があるでしょう。だから私に代わって、貴女に仕事だけでなくここに住んで欲しいわけ。勿論家賃はいりません。光熱費もいりません。置いてある生活用品も自由に使ってください。さっき部屋の戸開けて見てもらうようにしたからわかるでしょう?」

 「はい豪華で素敵な部屋です。でも静さん、アパートに住む私にはもったいないです。どなたか身内の方に住んで頂いた方がいいのではありません?」

 「いいえ、それはできません。医院といえども休診のときに急患があるかもしれないのです。その時に適切な対応を留守の者がしなくてはなりません。そのためにはそれなりの経験あるものでなければならいのです。こういえばわかるでしょう?」

 

 <たしかに今の医院のスタップで無理というなら、私が住み込みで勤めると言うなら私しかいない?>

 静さんに言われると従ってしまう私ですが、なにか私が思う前に先に判断してくる静さんには逆らえない気がします。

 考える間もなくうなずく私に、静さんは笑み浮かべて同じようにうなずきます。

 「じゃ決まりね。アパートからの荷物の運び出しは私が手配しておきますからね。いえせく必要ないのよ。私が彼のもとに転がり込むのはまだ一週間先だから」

 「そこまでして頂くなんて~すみません。すぐに転居の用意します。でも出なくてはならないようなことがあれば、迷惑になるような気がして」

 「心配性のあきさん、わかっていますよ。正人さんが迎えに来た時の心配しているでしょう?まだ半年近い先の話でしょう。その時は今度は私が彼氏を連れてここに移ってきます」

 ここまで言われると、私はこの医院に住み込むしかないと覚悟します。

 でもしとやかな静さんがこんな大胆なこと言うなんて~彼氏とここに住むなんて?

そんなことできるのでしょうか?

 静さんは私を安心させるために言われているのではないかと、私は思ってしまいます。

 

 そんな私の思いをよそに、静さんは私を連れて出ると、私の好きなホルモン焼肉をご馳走してくれて、次はいつものコースのルージュに行って、また二人でカラオケの

歌声なのです。<続く>