92回

 言葉が途切れました。

 横向いてまきさんを見つめました。

 前を見つめてまきさんの目から涙が落ちているのです。

 瞬時に私は知ったのです。

 私が正人さんに一諸になろうと言われて喜び幸せだった時、まきさんは悲しみのどん底だったことを。

 間が開いて、再びまきさんは語りだします。

 

  「・・正人さんの社宅で姉の49日をおばさんと正人さんとひっそりとした時です。

おばさんから話があったのです。<勤めがある正人さんにはミカの世話は無理です。私は田舎の家にも帰らなければならいし、ここでいつまでも居られないの。だからミカの母親になれる奥さんを正人さんにもらって欲しいのよ。とすると亡くなったミカの母親の妹の貴女こそ適任だと思うしかないの。ミカと血のつながっているまきさんだから母親になる資格があると信じたの。独身の貴女にいきなり母親になって欲しいと勝手だとは思っています。でもまきさんしかお願いできる人はいないと思って承諾してくれないかしら・・>そんな話があったの。さすがに突然の話ですぐに返事できませんでした。

 

 いえ、本音はその場ですぐ承諾の返事したかったの。だって姉が正人さんと知り合ったとき、私も一諸にいて姉だけでなく、私も正人さんに憧れたの。でも正人さんは姉を選んだ。だからおばさんのその話に私飛びつく気持だった。正人さんと一諸になれると~嬉しかった。でも姉の子供とは言え私にミカちゃんを姉に代わって育てられるか?その自信がなかったから、少し考えさしてとしか返事できなかったの。でもその返事では断りと思われたくないから、<姉の一周忌>に返事させてとつけ加えたのを、おばさまは婚約と受け取ったようだったの」

 「それで正人さんもその場にいたのでしょう?正人さんはどういわれたのです」

 私が知りたいのはそのことです。正人さんが私と知り合う前にこんな話があったとは一諸に暮らしながら、正人さんは話してくれなかったのです。

 

 「正人さんは私とおばさんとのやり取りを黙って聞いていたのだけど、一言だけ言ったの。<ミカには母親が必要です。僕はミカの幸せが第一と考えているから、ミカが母親と慕ってくれるひとが居たら満足です。だからまきさんが一周忌に返事したいと言われるなら、僕も一周忌に返事します>そう言われました。

 その返事て私次第ということでしょう?もう嬉しくて、私もおばさんと同じに正人さんと婚約したと思ったの。だから本音はその場で承諾の返事したかっのだけどそうもいかないことがあったの。まず正人さんと結婚するとミカちゃんの世話で家庭に入るから、勤め辞めなくてはいけないでしょう?貴女と同じように。その整理もしないとね。それに私とお付き合いの男性がいたのをお断りしないとね。簡単には主婦になって家庭に入ることはできなかった。時間が必要だったの」

 言葉を切るとまきさんは向き直って私を見つめたのです。まるで私を睨むような目つきです。

 「私、正人さんの奥さんになって、ミカちゃんの母親になるために頑張ったわ、だから姉の一周忌またずにおばさんに返事しに行ったの、そしたらおばさんの口から出たのは~正人さんが良い嫁をもらって社宅で同居しているという話だった。絶望に陥し入れられた。貴女が憎かった。正人さんは貴女の若さに魅入られたとさえ思ったのよ。でも今、あなたと会って分かりました。正人さんは若いころの私の姉とあまりにも似かよった貴女に引き込まれたのだと~、どう見ても男性だとは思えません~正人さんが貴女を男性と知りながらも一諸になったわけが理解できます」

 「もういいです。私は知らなかったと言え貴女を幸せの入口で突き落としたのです。言われるように私は男です。だから私を男と知ったお母様は、会社の噂から正人さんを守るために私を正人さんから別れさしたのはご存じでしょう?

 私は貴女が経験した辛い思いを、今度は私が経験しているのです。そのことを分かって欲しいのです。もうそれ以上言わないでください」

 もうお母様から聞いて知っていることなのに、どうして私に話しに来たの?反発した思いを言いたいことを年上の方だからと、かろうじで押さえました。

 「ごめんなさい。そうでした貴女も私も同じ思いしたのでしたね。じつは貴女に言っておきたいことがあって、貴女を追いかけたの」

 

 「今日、おばさんに呼ばれて来て話があったのよ。それは今貴女が言ったように、正人さんを守るために貴女に別れてもらったということの話を聞かされたことと、それと合わせて大事な話があったの。それは先に話したこと、私がミカちゃんの母親になることで、正人さんも結婚してもよいと言う話。それを決めたい。私と正人さんの結婚を認めたいと言うことだったのよ。姉の49日の時の話を復活させたいというおばさんの話だったの。もちろん私もそのつもりで返事するところまでいったのが、貴女と正人さんの同棲で諦めるしかなかったことだから、承諾しました」

 

 「ごめんなさいねあきさん。こんなつらい話し聞かして。でもおばさんから聞かされるより、同じ辛い思い経験した者どうしとして受け入れてもらえると思って話すの、わかってね」

 <分かってね>て言われてもこんな逃げ場のない話をされて、どうして受け入れられるのか?

 表に出せない怒りのような思い、このひとの前では泣きたくない~プライドを支えに耐えるしかないのです。

 

 お母さまは会社の環境から正人さんを守ろう、と私を別れさせそうとしたけど、それだけではなかったといま気づいたのです。

 女装子の私でなく、もとから考えていた亡くなった人の妹のまつさんを据えようとその魂胆がお母様にあって、私に別れを迫ったと言うことを。

 そう気づいても私はお母様を恨む気はおきませんでした。

 話は逆だったのです。

 私が正人さんと出会ったことが、正人さんが私を愛したことが、お母様の考えていた想いを断ち切ることになったのですから。

 まきさんを泣かせ、お母様を辛い立場に追いやったのは私だったと分かったのです。

 「まきさんお話から、分かりましたと言うしかないとおもいます。でも今の私の気持ちでは言えません。言えるのは<さようなら>だけです。お別れします」

 必死に泣きたい想いを抑えて、まきさんの顔見て告げました。

 最後の言葉は、もう貴女とは会わない~その気持ちをまきさんに伝える言葉だったのです。

 「さようなら」

 うなずいてペンチから立ち上がったまきさんが、その言葉を残して去っていくのを見送ることもできませんでした。

 

 ペンチに座って冬の訪れを告げるように、黄色い木、樹の葉が一枚、二枚とゆっくり舞い落ちるのをぼんやりと見ていました。

 また私は独りぼっちになった~その想いが寂寥感となって私を包み込むのです。

 たまらないほど、正人さんと会いたい~その想いが沸き上がってきました。

 <どうして連絡してくれないの?>恨みたい想いに駆られます。

 無理なのは分かっているのに。正人さんは私と連絡できない外国にいるのです。

 でも正人さんは、渦巻くような女の葛藤に巻き込まれていることも知らないのです。 <続く>