88回

 先生との話は私が<正人さんの帰りを待つ>と答えたことで終わりました。

 でも先生に笑われながら言われました。

 「どう、もう男になるなんて言わないでしょうね。まあ、そう言ってもどうせ女装に戻るとは思っていますけどね。他の女装さんと同じようにね」

 「はい先生。やっぱり女でいます」

 恥ずかしかったけど答えました。

 女として、奥様として正人さんの帰りを待とうと思い直したのです。

 

 でもすぐににも社宅を出なければならない私には、大きい荷物二つを今は置く場所もないのです。

 結局、スタジオの衣装部屋に預かってもらうことにしたのです。

 

 なにかすっきりした気分になって階下に降りました。

 スタジオと台所のある部屋のガラス戸を開けると、台所のカウンター挟んで女装さん三人がウーロン茶を飲みながらお喋りしていたのです。 

 

「あれえ~あきさん~」一人の女装さんが声上げると、一斉に私に視線が集中します。

「奥様のおいでよ~」

「結婚して、もう子供もいるのだって~」

 若い私からみれば、年上の叔母さん?と言える女装さん達ですから冷やかされるのです。

「こんにちは~里帰りしてきました。ハイ子供はお母様に預けてきました。もう幼稚園に行く歳ごろなのに、ママ、ママとうるさくて離れないのですよ」

 わあ~と爆笑があがって、私もつられて笑います。

 私のジョークに皆さん面白がっているのです。
 それからにぎやかに話題が広がって、私の結婚生活に興味しんしん聞き出そうとするのです。

 そんなこと言えるわけありません。さっきまで女装辞めると泣いていた私なのです。だから主人は海外出張で子供と二人の生活ですと、言いくるめるしかないのです。

 でも女装さん三人も居ると、引き下がりません。

 ノンケさんとの夫婦生活はどうなの?なんて、聞かれて困るような質問までされるともう逃げ出すしかありません。

 二階に用事があると部屋を出て、急いで大きな荷物を担いで階段上ったのです。

 荷物の中味知られたらそれこそ質問の嵐で大変なことになるのですから。

 

 二階の廊下の奥の衣装部屋に荷物を運びこんで、先生に声かけるのにメイク室のカーテン開けてのぞいたのです。

 「ハイ終わりました」

 先生が女装おじさんに声かけたのを見て、ええ~声上がったのです。

 美女が椅子に座って前の大きい鏡を見て笑顔一杯の表情なのです。

 まさか?です。信じられない思いで女装おじさんなの?と聞きたくなるのを辛抱しました。

 「わ~綺麗、素敵ですよ」

 声掛けたら、にこりと美女は笑み見せてうなずき返したのです。

 改めて先生は凄いと思うのです。

 女装のメイクでは日本一と言われる人なのですから~。 

 

 先生との話で私の思いつめていた気持ちが落ち着いたみたいです。

 お母様との約束破って申し訳ないと思うけど、矢張り先生の言われるように、これは私と正人さんの問題だからと、正人さんの帰りを待とうと思ったのです。

 それで正人さんが私と離れると言うなら、いくら辛くても。これもまた由美さんの言うように女装子の定めと受け入れることを覚悟しょう、と自分に言い聞かせたのです。

 

 でも社宅に帰る気が失せていました。

 今の時間、社宅のホールで奥さん方と会わないとも限りません。

 <あなた男さんだったの?>とでも意地悪ように聞かれたら、どう返事すれば?それを考えるだけで気が重くなるのです。

 

 結局いつものコースの女装スナック、ルージュに足が向いたのです。

 呼び鈴鳴らして戸を開けると、男性の先客がカウンター席に座っていました。

 会釈して一つ置いて椅子に並んで座ります

 「あきさん大丈夫なの?」

 ママさんが心配な表情で尋ねます。由美さんと愁嘆場見せたことを言っているのです。

 「すみません、恥ずかしいとこ見せて。もう大丈夫です。」

 「良かった~でも家探しは?見つかった?」

 「まだです思うようなとこ見つからなくって~。急がないといけないのですけど、

勤めもまだ決まらないし、だから高いお家賃のところは借れないのです」

 「お勤めね~お水関係ならすぐにでもあるのだけど、あきさんなら若いし可愛いし売れっこなれるんだけどね」

 「ダメです、そんなとこ行けません」

 慌てて打ち消します。そんなお水に勤めていて正人さんが帰ってきて知ったら、それこそ誤解されてしまう。

 まだ30代のママさん私の慌てぶりに笑うのです。

 「家探しなのお嬢さん?ただで借りられるとこならあるよ」

 隣からの声に、無料<ただ>?で借りられる言葉に嘘でしょう。思いながら隣の少し白髪頭のおじさまの顔を見つめました。

 にやにや笑っているのを見て冗談だと気づきました。

 

 「まさか嘘ばかり言って~」

 「噓じやないよ。俺の家は3LDK私一人だから、君のような美人が来てくれるなら、家賃なんかいらないから、どう~」

 にゃにや笑って冗談のように言っているけど、体寄せるように言うことみると、案外本気みたい。<もう、この〇〇親父!>

 「私には主人が居ますからダメ!」

 「主人?あんた女装さんだろう?」

 「そうですよ。女装子だって結婚位します。旦那さんもいるのですからね」

  むきになって返事したものだから、おじさんもママさんも大笑いになります。

 「仕方がない、でも家探しは、これは親切からだよ知り合いの周旋屋紹介してあげる。綺麗な娘さんに頼られて、気にいった物件紹介してくれるとおもうよ」

  「そうしたらいいよあきさん。この人はちゃんとした方だから安心なさい」

 そばからママさんが口添えしてくれたので安心しました。

 「お願いします」

 頭下げたら、メモにさらさら書いてくれたのは、周旋屋のお店の名前と電話番号です。

 「店は駅前だからすぐわかるよ」

 「表通りはお店でも裏通りはマンションやアパートがあるから、あんがいそのあたりかもよ」

 ママさんに教えられて、そうだ、このあたりだったらスタジオも近いしいいかも?希望が出てきたのでした。

 

 社宅に帰って、残っている私の荷物の整理始めました。

 お母様の言葉に甘えて、炊飯器もふくめて炊事道具を頂くことにしました。

 キッチンの戸棚には新品の炊事道具が数多くあるのですけど、使い慣れたのを頂くことにしたのです。

 一息ついたときです。

 家の電話が鳴ったのです。<ひょっとしたら正人さん?>わくわくした想いで出ました。でも、お母様でした。

 「あきさん居たのね、良かった~」

 「はい荷物整理しています。それでミカちやんはどうしています?」

 「元気ですよ。近所の子供たち相手に毎日遊んでいますよ。それで何時新しい家に行けそうです?」

 遠慮した言い方だけど、お母様はいつ家を出るのか?催促しているのだと、ぴんときたのです。

 <続く>