69回
「海外赴任?どうして私達結婚したばかりなのに、正人さんが外国に半年もいかされるのですか?」
ひどすぎます。ミカちゃんと三人の家族ができて、私は女装子としてはありえない家庭を持つことができて、幸せの絶頂なのに~。悲しみより怒りが私の中で煮えたぎるのです。
正人さんに怒りをぶっつけても、正人さんも私とおなじ思いなのはわかっているのに言わないではおれないのです。
「あきさん僕だって君とおなじ思いなんだから辛いのだ。でも会社は独身者に海外赴任させる方針なんだ。」
「どうして正人さんが独身なの?ミカちゃんだっているでしょう?」
「あきさん分かっているだろう?法律上僕たちは認められていないのは~会社も同じなんだ。ミカは僕の母が見ていたから会社は独身扱いしているみたいなんだ」
「そんなのおかしい?」
「そうおかしいんだ~じつは上司は<新婚そうそうなのに悪い~でも帰ってきたら君は本社行きになるからと、昇格になることほのめかすんだ」
「じや分かっているのですね、私達の結婚のこと」
「一応普通の結婚のようなにニューアンスで僕は言ったからね」
「じゃ、私もミカちゃんも一諸に行かせてください」
「僕もそれ考えたけど、あきさんの旅券取れないんだ。会社が旅券の手続きするから、あきさんは法律上の名前と性別になっているから、たといそれで頼んでもあきさんは僕とは身内にならない、他人だからと、会社は認める根拠がないと拒否されると思う」
「じゃ私はミカちゃん連れて自分の費用で渡航します」
もうこうなったら意地でも正人さんに着いて行く~そんな気持ちになって言い張りました。私の目から涙ぽろぽろこぼれてくるのも拭くこともしません。
正人さんはそんな私に初めて私が見る悲し気な表情になって答えるのです。
「さっきも言ったようにあきさん、僕は会社では独身の扱いなんだ、だから向こうでは会社の独身寮に入るので、あきさんとは暮らせないんだ」
「そんなのひどすぎです。会社は私達の仲裂こうとしているんです」
「そう、あきさん僕もそう思いたくなる。でも、独身者で恋人がいても海外赴任の辞令に社員は従っているから、僕だけ例外扱いしてくれないのだ」
そこまで言われると、私が言い張っても正人さんを困らせるだけだと思うと、言葉も出なくて、涙と一諸に嗚咽が止まらなくなってくるのです。
玄関でのやり取りが聞こえたのか、リビングからミカちゃんが飛び込むようにきたのです。
「ママどうして泣いているの?パパ~ママを泣かしたのね」
ミカちゃんは叫ぶように言って正人さんをにらみつけたのです。
その子供とは思えぬ剣幕に私のほうが驚いて、ミカちゃんを抱きしめたのです。
「違うのミカちゃん、パパがお仕事で外国にしばらく行くことになったの、だからミカちゃんとママはお留守番になるので、ママ悲しくなったの」
「パパ~ミカやママと別れて外国に行ってしまうの?」
指突きつけて正人さんに抗議するミカちゃんに正人さんは慌てます。
「違うよミカ、パパは会社のお仕事で行くしかないんだ。お仕事終わってら帰ってくるから、ママを助けてお留守番して欲しいんだ」
「それならなぜママを泣かすのよ」
ミカちゃんの追求に正人さんも困ってしまうようです。
結局私が言えば言うほど正人さんを困らせることになると、諦めて、私は正人さんの海外赴任の準備をするしかありませんでした。
長年連れ添った妻が夫を送り出すように私もなるしかないのです。
半年の独身生活です。
なにが必要か?若くてそんな経験持たない私には重荷の仕事です。病院に居るときの出張ではせいぜい3日ぐらいです。キャリーに詰め込んだだけでいいのです。
でも半年となればどれだけの用意が必要か?
やみくもに段ボールに詰め込むだけです。
やはりこんな時のためにも社宅の奥さん方と仲良くしておけば良かった~
ご主人の赴任の経験あるから教えてもらえたのにと後悔するけれど、奥さん方と来易く接しよくなんてする自信はなかったのです。苦手意識が働くのです.
何より先日のフロアーでの奥さん方の私への視線の冷たさ~言葉をかける勇気は私にはないのです。
正人さんに相談したら、<一度に半年の荷物なんて用意する必要ないだろう。後から必要に応じて送ればいいじゃないか、>と笑うのです。
「でも何を優先して送ればいいのか分からないから聞いているのです」私の珍しい反発に、正人さんも驚いたみたい。
「じゃ母を呼ぼう。母に手伝ってもらうことにしょう」
この提案に私も助かる思いになったのです。
正人さんがすぐ電話したら、お母様は明日にも来てくれる返事に私は助かる思いになったのです。
でも正人さんが外国に行ってしまって、ミカちゃんと二人で生活する不安は私のなかでは拭いきれないのです。
たしかに普通のサラリーマンではこんな豪華なマンションには住めません。
それでもこれから半年もミカちゃんと二人きりで住むしかないと思うと、寂しさが押し寄せて、牢獄に居る感じさえしてくるのです。
<そうだ、お母様に来て頂くようにお願いしょう。折角の機会です。家事のこととか花嫁修業の積りで教えて頂こう。>そう思いついて少し気が晴れてきました。
お母様に来て頂いて、準備は一気にはかどりました。
東南アジアで行先の国が変わっていくので、それに合った準備が必要で、熱帯地方ですから夏服をそろえていたら、お母様は<いくら熱帯でも夜が冷えることもあるのよ>と言われて、ガーデガンを追い足ししたり、虫よけのスプレーや熱さましと、私の思いつかないことも教えてもらったのです。
<私は何のために病院で働いていたの?お金の勘定ばかりしていた~>今になって
反省するのです。
取りあえず正人さんの出発準備は、大型のキャリー一杯に当座しのぎの生活用品を詰め込んで用意できました。
ひと休みはお母様とミカちゃん3人でケーキと飲み物での休憩です。
「あきさん貴女綺麗になったわ~娘さんから色気のある女性に変身したみたいよ。
正人さんが引かれるのも無理ないわね」
お母様はケーキを口に運ぶフオークを置くと、じっと笑顔浮かべ私を見つめて言われるのです。なにか意味ありげな笑みだと気が付きます。
恥ずかしくなって顔が染まるのを覚えました。
「いいえお母様、ミカちゃんのママになってからお母さん気分になったからです」
慌てて打ち消します。
正人さんに抱かれて、私のなかの女が目覚めたなんて言えません。
「半年は辛いけど、帰ってきたら正人さん本社に栄転だそうね。主人の出世は貴女も世間体が良くなるのだから辛抱しなさい」
「でもお母様若い私には重荷です」
「なにいうの、貴女はミカの母親としての役目果たしているじゃないの。母親を亡くして一時ミカがどうなるのか?心配していたのが、貴女のおかげでミカは元気になったのですから、喜んでいるのですよ」
お母様に信頼されている。私を正人さんの妻として、ミカちゃんの母親として認知されたのだと、嬉しくなります。
それで思い当たりました。
夕べ、寝室での会話で正人さんが言ったのです。
「母もあきさん気に言っているようだから、帰国したら、僕があきさんに代わって、あきさんのこと母にカミングアウトするからね」
言って笑われたのです。
でも嬉しい反面、喜ぶには早い気がしてなりません。
私の不安そうな気持を察したのか、正人さんは私に力づけるように告げたのです。
「大丈夫母はきっとあきさんを受け入れてくれるから心配しないで」
正人さんの後の言葉は、私へのキッスで聞くことできませんでした。
半年の別れです。正人さんは私を忘れないようにと思えるような、激しい交わりで夜半過ぎまで私の体をむさぼったのです。
伊丹空港の展望台で私はお母様とミカちゃん三人は正人さんの飛行機が飛び立つのを見送りました。
私達が手を振ると、多分正人さんでしょう、旅客機の小さな窓で手を振るのが見えました。はっきり顔は分からないけど、正人さんに違いありません。
機影が小さく消えていくのを見送りながら私は茫然としていました。
<このまま、正人さんと会えなくなるのでは?>
黒い不安が私の中で渦巻くのです。
<絶対正人さんは無事に帰ってくる。>自分に言い聞かせます。
でも黒い雲は私の中で消えないのでした。
<続く>