67回

 

 月が替わるとミカちゃんは保育所に行くこともなく、私も勤めを辞めて家庭に入りました。正人さんが勤めに出ると、私とミカちゃんの二人だけの昼間の暮らしになるのです。

 家にいるときは家のお掃除をしたり、食事を作ったり、ミカちやんと一諸にするのです。

 夏服から秋の服装に変えるのにミカちゃんに聞きながら、ミカちゃんや正人さんの秋の衣装を取り出して、陰干ししたり、洗濯したり、クリーニングに出したりと一人暮らしの時に比べて、三人の家族となると結構忙しくすることが多いのです。

 ミカちゃんは矢張り女の子です。

 私の手助けを喜んでしてくれて、家事を通して私とミカちゃんは母娘という絆が強まるのを感じるようになったのです。それとともに私のなかの男は消えていき母親の気持ちが私を占めるようになったのです。

 22歳の歳では女性ではまだ娘です。まして男となるとまづ子持ちなんて考えることできません。

 それが私は幼児の母として、娘も男性も飛び越えて母親になっているのです。本来ならあり得ぬことです。いくら気持ち的に母親になってきても、はたしてこれから先ミカちゃんのママとしてやっていけるか?

 その不安はぬぐい切れません。

 いくらミカちゃんにママと慕われても、ミカちゃんが大きくなり成人になって物事の判断ができるようになったとき、それでも私をママとして認めてくれるか?いえ、それよりもっと怖いのは、私の性を知った時です。

  ミカちゃんがどんな反応を示すか?です。だからそんな心配する前にです。

 ミカちゃんが一定の判断ができたとき、積極的に私からカミングアウトするのが本来だと思います。

 でもそれがどれだけ勇気のいることか?正人さんの時に経験済みです。幸いわいというべきでしょうか私からカミするまえに、正人さんに先に知られてしまって助かったようなものです。

 ある意味、それは運が良かったのです。正人さんの私を愛する気持ちがそうさせたのでしょう。偏見を乗り越えて私を受け入れてくれたという私の幸運だと思うのです。

 でも、ミカちゃんの場合そんな幸運に私は恵まれるかは未知数です。いまは幼いミカちゃんだからママとして、母、娘の関係で居れます。でも歳を重ねて世間の風潮に

さらされるにつれて、成長するミカちゃんもまた世間の偏見の風潮に向き合わなければならないのです。

 それがどんなに辛いものか?私は女装子さんを見てきて知って分かっているのです。

 まづ勤め先には絶対知られてはならないのです。たとい女装姿で素顔とはまるで違う美人にメイクでなっても、写真に撮って不特定に知られることはNGです。声で見抜かれることもあるので、会社に知られるような環境ではしゃべることも要注意です。

 家族に知られることも一番恐れます。

 とくに奥さんには絶対秘密です。離縁、別居が常に待ち構えているのです。私の知る女装子さんで独身の方が多いのも、そういう背景があるのでは~。

 そう思うのです。

 それだけに私の幸せは望外だと言えるかもしれません。

 女装子のフレンドさん達が私の結婚を喜んでくれたのも、女装子ではまず得られないと思われていることを、私が手にしたからだと思うのです。

 今はミカちゃんからママと言われて母親の気持ちに満たされている私です。正人さんの妻として、法律的には認められなくても、私達の関係では妻と夫、そしてミカちやんとの家族であることに変わりないのです。

 

 でも将来はどうなのか?

 それを考えると不安がないとは言えません。

 

 夜、ミカちゃんを寝かしつけて、家のかたずけが終わると私は寝室に入ります。

 正人さんが布団に入って枕もとのスタンドで洋書を読んでいます。

 私を待っているのです。

 私は衣類を脱ぐと、パジャマを着ることなくショーツだけの姿になって正人さん横に滑り込みます。

 布団に入ると空気の動きが沸き上がって、風呂場で私が体に塗り付けた香油の香りが立ち上るのです。

 正人さんは洋書をスタンドの横に置くと、私を迎え入れるのです。

 私を引き寄せキッスから始まるのです。

 でもこの日は私から正人さんの厚い胸に顔をうずめていました。

 「どうしたのあきさん?」

 私の顔をあげさせ見下ろす正人さんです。

 「今日、買い物から帰りミカちゃんと手つないで歩いていたら、言われたのです。<私大きくなったらママみたいなお嫁さんになるんだ>と~正人さん、私、言葉返せなかった~。ミカちゃんが大きくなったら私のことどう説明明したらいいのか?分からなくて~矢張りタイに行って女性になった方がいいのかと思ってしまうの」

「そんなこと考えていたのか?ミカのことは心配いらないよ。あきさんをママとして慕って離れないでいるじゃないか、自分の母親の性がどうだろうと、ミカにはあきさんがママであることに変わりはないと思うよ。だからあきさんはミカの母親だという気持ちでこれからも接していればいいと思う」

 <まあ、ママにするには若くてもったない気がするけれどね。>と正人さんは笑うと私を抱き寄せキッスをするのです。

 もうそれだけで私は体中が熱くなってすべてを忘れて、正人さんに夢中~虜になってしまうのです。

 正人さんに翻弄されて若い私のほうが息絶え絶えになってしまって、悔しくなるのです。

 「あきさんその表情、桃色に染まった顔付に潤んだ目もと~なにかぞっとするぐらいセクシーだよ」

 嬉しい笑顔でささやく正人さんも、額が汗のしずくで光っているのです。

 「正人さん私女になっているのね?」

 「そうだよ、間違いなくあきさんは女だよ。だからタイに行くなんて考えてはダメだよ。この綺麗な体にメス入れるなんて、考えたくない。そんなことしなくてもあきさんは女だから。僕には今のままのあきさんが女なんだからね」

 「嬉しい~正人さん私、このままでも女なのね」

 「そうだよ、間違いなく女で、僕の奥さんで、ミカのママなんだから安心しなさい」

 その正人さんの言葉に私は言いようのない安らぎに浸りました。私は女装子なんて考えなくていいのですから~。

 

 

  社宅から歩いて10分ほどのところに子供公園があります。

 私はミカちゃんが保育所に行かなくなって、私と二人だけの生活するのは良くないと考えて、ミカちゃんのお友達作りに公園に行くことを日課にしました。

 子供公園ですから滑り台や、ブランコ、回転台といろんな遊具があって母親に付き添われた子供たちが遊んでいるのです。

 ミカちゃんは遊具遊びの中ですぐに友達ができました。それが女の子より男の子の友達が多いのです。しっかりしているから男の子相手でも物おじしないので男の子が寄ってくるみたいです。

 私はミカちゃんが遊ぶのを時々視線向けながら、木陰のペンチに座って読書をします。子育ての本や婦人雑誌を読むのです。

 女同士の会話ができるようにするためです。

 公園には子供を連れてお母さんも来ています。私の座るペンチにもお母さん達がきて声かけられて会話しなければならないのです。

 いくら女装していても、女装子同士の会話は通用しません。主婦の経験、知識がないと会話はできません。

 幸い私は若いのでもっぱら奥さん方のお喋りの聞き役に徹して、主婦の勉強さしてもらっているのです。

 でも若くてもミカちゃんが私にママと言いますから、母親だと思われています。それはいいのですが、下手な会話のやり取りして、私の姿を知られたらと緊張の想いが常にあって、公園での憩いからは程遠いのです。

 それでも私は奥さん方から主婦の心得を学ぶようにしています。それが正人さんが言うように、私はミカちゃんのママになれると思うからです。

 

 公園から帰りに私達はスーパーによって、夕食の材料の買い物をします。

 買い物袋下げて、ミカちゃんの手を引いて社宅に戻ったきてエレベーター降りたときです。

 フロアーに社宅に住む奥さん方五人が固まっていたのです。社宅の奥さん方は公園で会う奥さん方とは違います。

 ご主人どうしは仕事の仲間として、共に仕事することから勤め帰り一緒に飲んで帰ったりするのですが、奥さん方は主人の肩書が上になるようにと競争意識が常の働いて、互いに丁寧な物腰だけど、内心構えているものだと、正人さんのお母さまに教えられているのです。

 <正人さんは出世頭ですから、奥さんたちの妬みがあるのだから、腰低くして隙作らないようにするのよ>

 新婚旅行から帰ったあくる日、お母様連れられて社宅のお宅に、挨拶回りした時にお母さまに言われているのです。

 エレベーターから出てきた私達を一斉に見つめられます。

 お母様の言葉思い出して、腰低く頭を下げました。

 「あら穂高さんお帰りなさい。新婚さんの気分どう?」

 「娘さんみたいな若いお嫁さん貰って、ご主人幸せだわ~」

 「ミカちゃん綺麗なお姉さんできて嬉しいでしょう?」

 「おばちゃんお姉さんと違うよ、ママだよ」

 奥さん方はミカちゃんの返事に一斉に笑います。

 でも私は笑うどころではありません。顔が引きつるのを必死に耐えて笑顔作って頭下げていました。

 「あら、結婚指輪よ、きれい~それオパールじやない?」

 一人の奥さんが叫ぶように声あげます。私の手を取り指輪を見つめます。

 「見せて~」

 声が上がって奥さん方に取り囲まれました。

 振り払うこともできず、手を差し出していました。

 「この指輪見たことある~」

 一人の奥さんが独り言のように呟いてオパールの石に触れたのです。

 気が付いていました。その奥さん病院の会計受付で私に、穂高さんと声かけてきた奥さんだったのです。

 

 <続く>