63回

 「行ってらっしゃいませ~。お幸せに~」

 着物姿、笑顔の女将さんに送られて玄関を出ます

  竹笹の塀のところにきて玄関の女将さんの姿を消えたのを見届けると、今度は私から正人さんに抱きつくようにして腕を組みました。

 <絶対、この人を放さない~>そんな想いに駆られてです。

 

 正人さんもそんな私の想いに答えるように私の肩に手をまわして引き寄せます。

 自然と私の頭は正人さんの肩に乗せるのです。

 待っていたように、正人さんは私に口寄せてくるのです。

 もう、朝から何回キッスされたのか?

 部屋を出るまで正人さんは、愛しい~そんな想いのキッスを私に続けてきたのですから~。

 だから私も負けづに、お膳が部屋に運ばれて、朝食の時には正人さんにご飯をよそうだけでなく、お膳の魚の身をむしってあげたり、ほっぺに付いた米粒を取ってあげたりで新妻ぶり発揮したのです。

 

 それでも、何とか正人さんを引き剥がして腕を組んで外に出ると、案の定タクシーが待っていました。

 タクシーの中では運転手さんに恥ずかしいから、かしこまっているのに正人さんは

私の膝に手を伸ばしてきて、私の手を握ってくるのです。

 

束の間、タクシーが止まって、

  「常寂光寺はもうそこです。歩きましょうあきさん」

 正人さんに言われて、紅葉に彩られた木々のトンネルのような小道を歩き出したとき自然と私は正人さんと腕組んでいます。

 

 常寂光寺の山門は樹木にすっぽり包まれたなかに建っていました。見上げると寺の名前の額がかかっています。渋い山門の墨色と同じく、山門の両脇も墨色に塗られた太い角材を格子に組んで作られています。

 「あきさんここはお寺では珍しく塀がないお寺なんです。だから門を閉めても格子のあいだから参道が見える開放的な印象の山門なのです」

 石を埋め込んだ低い階段で立ち止まって、山門を見上げる私に正人さんの解説が耳に入ってきます。

 「古いお寺なのでしょうね」

 「古いです。戦国時代の京都の豪商角倉了以<すみくらりょうい>が小倉山の土地を寄付して、日禎<にっしん>というお坊さんが開基したのが始まりと言われているのです。

 正人さんは小枝を拾うと地面の土に<日禎>と書いて<にっしん>というのだけど

でも私の読みでは<にってい>だと思うのだけど?

 「あきさん百人一首のなかに藤原定家の詠んだなかにこんな歌があるの。」

 <忍ばれむ物ともなしに小倉山、軒端の松ぞなれてひさしき>

 「この歌にちなんでこの寺は、<軒端寺>ともいうのです」

 えんえんと続く正人さんの解説。いくら仕事絡みといえ、この知識には、私にはついて行けません。

 また腕を組んで歩いて~~

 

 

 目の前に広がったのは、凄いまでに赤の色で埋め尽くされた紅葉に包まれた仁王門でした。

 「綺麗~」自然と声が上がります。

 ここにはもう早い秋が訪れているようなのです。

 「綺麗でしょう。ここが多宝寺と並んで、紅葉の最高の密集している場所です。」

 正人さんのうなずきながらの解説の始まりです。

 

 石の階段を上がっていくと、仁王門と両側の金網のなかの暗がりに仁王像が二体そびえたっているのが見えます。

 「この仁王門は良く時代劇の映画のロケ地になるところです。映画村が近いですからね」

 正人さんの説明聞いて思い当たるものがあります。

 「そうだったのですか、道理で来たことないのに、見たことある風景だと思いましたもの」

 「門の両側に構えているのが仁王像であきさん知っているね。寺の言い伝えでは運慶の作だと言われています。」

 「運慶て有名ですね。この仁王さんすごく男性的で引き付けられます」

 言いながら正人さん見上げるように見つめて、<仁王さんは怖い表情だけど、正人さんは仁王さんのように男性的だけど、でも優しい~>

 思いながら仁王さんと正人さんを交互に見ているうちに、目が潤んでくるのです。

 正人さんは照れたような笑顔見せて私を見つめ返してきたのは、仁王さんと比べられたのに気が付いたのでしょうか?

 「運慶の作風は顔の力強い表情だけでなく、量感に富む力強い体躯が特色なのです。ただ、運慶の作と称される仏像は日本各地で多いのです。特に仁王像が多いのですが、信頼できる資料で真作と確認されているのは少ないのです。

 真作となっているのは国宝、重要文化財に指定されているのですが、京都では<六波羅密寺>の<地蔵菩薩 座像>が重要文化財にされています。」

 「なにか正人さんすごく専門的?」

 「いいや耳学問、外国のお客さんの質問に答えるための知識に過ぎないのだから、買いかぶらないで~あきさん」

 「でも正人さんこの仁王さん私には素敵に思えて、男性の理想像に思えて~そう正人さんと似ているように思えてくるの」

 「あきさん面白いこと言うね。でも僕はこの仁王さんみたいな怖い顔してる?」

 「いえ、違うの、正人さん優しい。体<からだ>なの、体つきが仁王さんみたいに筋肉隆々として逞しいところが、、、」

 言ってしまってから、あっと思って~夕べからの正人さんとの痴態のなかで知ったことと気づいて、真っ赤になってしまいました。

 正人さんはそんな私を見て面白そうに笑顔見せるのです。

 「そう言われると嬉しいよあきさん。でもあきさんも天女のように優美で綺麗で、仁王の僕がすっぽり抱きしめられますよ」

 もう、夕べのウ“ィ―ナスから今度は天女?

 正人さんが私を褒めるときは必ず後があるのです。そうして矢張りそう~思う間もなく正人さんに抱きしめられました。

 「もう、こんなところで~ダメ!人が通るでしょう」

 声あげて、身よじって逃げて楓の茂る石段を上がると本堂なのです。

 

  そしてまた正人さんの解説が始まります。

 「この本堂の由来ですが~あきさん小早川秀秋知っているでしょう」

 「関ケ原の戦で家康に寝返った武将~」

 「そう、その小早川秀秋が手伝って桃山城の客殿を移築したのが、この本堂なのです。」

 真面目な表情に戻った正人さんの説明を聞きながら、私は正人さんの腕にすがって歩きます。

 本堂の隣の常寂光寺妙見大菩薩縁起<みょうけんだいぼさつえんぎ>を拝観して、鐘楼をみて歩き出すと~

 「あきさんここから登りになるから~」

 手を繋がれます。

 

 山中の急坂を登りにつれて、真っ赤な紅葉のトンネルに包まれます。

 「わあ~素敵~映画のなかみたい」

 まったく人気のない道に安心して、正人さんの腕にぶら下がるようにすがって坂道を歩いて、石畳みの階段上がるときは、正人さんに引き上げられながら、視線は紅葉の美しさを堪能する私です。

 「さあ~着きましたよ。これが多宝塔だよ」

 「高い~」

 「12メートルあるんだからね。重要文化財指定~」

 「正人さん紅葉にすごく合っているとおもいません?赤色に多宝塔が浮いて見えます」

 「本当だあきさん。でも紅葉に浮いて見えるというと、あきさんも青い服が紅葉に浮いて見えて素敵ですよ」

 ああ、また~思う間もありません。

 正人さんに抱きしめられて、口ずけされて~でも、もう身を捩ることしません。両腕は正人さんの首に回して、キッス受け止めて~。

 

 「あきさん浄土体験している?」

 口を離した正人さんが笑顔で嬉しそうに?いえ、揶揄するように言うのです。

 「正人さんのいけず~」

 言いながら、幸せな気持ちが私のなかを満たすのを覚えるのです。

 <続く>