59回

 

 テーブル挟んで正人さんと向かい合わせに座って、私はこの教会のようなレストランの建物の造りに目奪われていました。

 正人さんはメニュー見ながら給仕と話しています。

「あきさんコースにしたけどいい?」

「はい、どうぞお任せします」

「飲み物だけどビールはあるけど、ここのレストランはワインがおすすめだって、飲める?」

「はい大丈夫です」

 正人さんが給仕に指示したのを見届けると、思ったこと言わずにおれません。

「ねえねえ正人さんこのレストラン奥行きがあるでしょう。だから並んでいるテーブル取り払って、長~いテーブル一つだけにして、奥が正人さん手前が私にして向かい合って座るの、長~いテーブル挟んでね。これって映画になりません?」    「あきさん面白い想像しますね。たしかにここは邸宅レストランと言われているのです。それにレストランだけでなくガラス張りのチャベルがあって<教会式の結婚式>ができるのですよ。」

「素敵!ウエディングドレス着てでしょう?」

「いいですよ。あきさん着てみたいですか?ここでしますか?」

「したいけどダメなの。教会の神様に怒られます」

「怒られる?どういうことあきさん?」

「同性はダメなの」

「そうだったのか~ダメなのは法律だけではなかったんだ」

「辞めましょう正人さん、その話は辛いから~」

「気にしないであきさん僕は認めているからね。僕たちは法律も神様も乗り越えたんだよ、愛の力で」

「まあ、正人さんたら~」

 後の言葉は出なかったけど、正人さんは私の深奥にある心の痛みを和らげてくれるのを感じて嬉しさが私の気持ちを落ち着かせるのを覚えるのです。

 

「それより正人さん、さっきの話、アールデコ様式だけど?」

「ああそれね、さっきも言った1920年から30年代にかけて流行したデザイン様式だけど発祥はパリなんだけど、独立100年後のアメリカ新大陸で花開いた近代建築の象徴でもあるの。それは定規とコンパスで引いたような幾何学模様の建物なのです。

 今までの建築の常識を覆すもので、時代の移り変わりの中すべてが変わっていくように建築もまた変わっていったということなんだと僕は理解しているけどね。

 だからあきさん性のありかたもまた、時代の移り変わりのなかで変わっていくものだと、僕はあきさんを知ってわかってきた~いや、僕も変わっていったというべきかな」

「正人さん素敵です。私、なにか自信が付いてきました。正人さん私に言いましたね。愛するということには性の違いは意味がないて~わかってきました。男同士でも、女同士でも、男と女の愛しあうことと変わりないんだと。新しい時代が新しい性のあり方を生み出しているということでしょうか?」

「あきさんも素敵ですよ。言うことなしです。では、話を戻してアールデコ様式ですが、あきさん<エンパイアステートビル>て知っているでしょう?」

「はい知っています。テレビのキングコングの映画でコングがエンパイアステートビルをよじ登っていく場面がありました。最初にコングの映画が作られたとき、当時のアメリカではこのビルがずば抜けた高層ビルだったから、映画に取り入れたと思います」

「多分そうでしょうね。それでそのエンパイアステートビルのエレベータホールの壁画がアールデコ様式の典型的な装飾だと言われているのです」

 

 正人さんと話していると、外国のお客さん相手の仕事のやり取りではいろんな知識ががいるものだと感心してしまいます。

 給仕が来たので話は途切れます。

「前菜でございます。ワインは赤ワインでご婦人のお口に合うと思います」

グラスに真っ赤な液体が注がれるのが、グラスを透かして見ると綺麗です。

 給仕がさがった後、正人さんを見つめました?。

「あきさん飲む前にスワリングといって、グラスの回し方があるけど無視してグラスをくるくる回して香りを味合うのです」

「ほんとです。グラスから香りが上ってきます」

 正人さんはメニューを見て説明します。

「前菜はシャボン・ペルシエ~ハムとパセリのテリーヌです」

「はあ?」

「シャボンはハム、ペルシエはパセリのことです。フランス料理の定番の前菜です。」

「野菜の色取りがきれい~」

「じや、あきさん乾杯しましょう」

「はい正人さん何か別世界に来たみたい。新婚旅行の始まりが豪華なレストランで食事なんて、なにか夢みたい」

「良かった~でも夢ならまだまだ覚めないでくださいよ。続きがあるんだから」

 正人さんの笑顔のジョークにつられて笑い声上げます。

 <続きは何だろう?>グラスを合わして高く掲げて私は感激でした。

 

「魚料理は海の幸のクネルでございます」

 正人さんは給仕の説明にうなづきます。

 私も聞くだけでは恥ずかしくなって、メニューを読みます。

「白身の魚。ソース・ナンチュア?正人さんこれは?」

「鱸<すずき>です。ソースはエビの殻をつぶしたソースです」

確かに鱸の味がソースで引き立てられています。パンでお皿に残ったソースをきれいにします。塩味しかしないフランスパンが美味しいのです。

「あきさんは若くても主婦が板についてますね」

「どうして?」

「マナー以前に食べ方がきれいです」

「正人さん笑っているのでしょう。マナー知らないと」

「違いますよ。ミカが成人になって、あきさんが色気あふれる30台になって親子3人の家族がレストランで食事をする。そんな光景想像しているのですよ」

「もう、正人さんのいけず~私は若いままのほうがいいの」

 楽しいやり取りしていると、次の料理です。

「フランス・シャトレー牛のロテイ、赤ワインのソース、玉ねぎのコンフィをそえています」

 なんとなくわかった気分で質問はしませんでした。

 デザートのアイスクリームとコーヒーになってくつろいでいると、正人さんに真面目な表情で問われました。

「あきさんの性別のことだけど、これから一緒に暮らすとなると今までのようにはいかないと思います。母はあきさんが気にいつているからいいとは思いますが、ミカです。いつかあきさんの性別のこと知った時受け入れることできるか?それが心配です。」

「それは私も思います。でもいつかは分かることだとは覚悟はしています。でもその時は私のママ役が本物になって、ミカちゃんが受け入れてくれるような絆ができていたら大丈夫な気がします。」

「ありがとうあきさん考えてくれていたのですね。安心しました」

 正人さんは気が晴れたように笑顔になって、テーブルの上で私の手を握るのです。

「そういっても安心できませんよ正人さん。じつはお母様がミカちゃんに私たちの旅行のこと話してお留守番言ったら、ミカちゃんは私達と一緒に行くと駄々こねて大変だったのです。だから私も見かねて<旅行から帰ったらミカちゃんと一緒にお風呂に入るから、お留守番して>となだめて納得さしたのです。」

「あきさんそれは~いまそれしたら~ミカが知ることになるのでは?」

「それは大丈夫だと思います。じつは正人さんフレンドの由美さんが結婚のお祝いだとくれたものがあるのです。由美さん分かっているのですね、そんなときのために身につけるものです。」

「そんな時に身に着ける?なんです?あきさん」

「恥ずかしいから言えません。女になれるものです。だから大丈夫です」

「まあ、いいです。でも、何時か教えてくださいよ」

<物知りの正人さんだけど、これだけは思いつかないみたい。>

 そう思うと笑いをこらえるのに必死でした。

 

 レストランを出ると外はもう秋の夕暮れでした。

 タクシーが止まっているのに、なにか手回しいがいいとおもいました。

「正人さん私達の乗ってきたタクシーですよね」

「そうですよ。貸し切りです」

そうだったのか~たった二日の新婚旅行です。正人さん気を使ってせめて楽しいものにするために、素敵なレストラン、貸し切りタクシー、そして次はなにを考えてくれているのか?

 正人さんが私のためにする心使いが、私を愛する印だと思うと嬉しくて、正人さんの腕に縋りつく私です。

<続く>