56回

 それはあっという間の日がすぎていった日々でした。

 私は自分の住むマンションには寝るだけに帰る毎日でした。

  私は事実上、ミカちゃんの母親になり、正人さんの住処の主婦になっていました。

 

 そして金曜日の夜私は正人さんのお母様と会ったのです。

 お母様とはこの前お会いしているので気軽に会える、そう思いながら、でも矢張り私は緊張して固まっていました。

 そうなのです。今までと違って嫁になってのご挨拶です。お母様の応対が違ってくるのは当然だと思っていました。

 顔合わせて私は頭下げて挨拶は考えていたのに、頭が真っ白になって<ご無沙汰しています>としか言えませんでした。

 「あら~あきさん前会ったときは娘さんだったのに、へえ~すっかり奥様風になって安心しました。正人とお似合いのカップルよ」

 私の緊張をほぐすようにお母様の若々しい返事が返ってきて、ほっとしました。

 お母様は60過ぎだけど、髪も黒く顔のつやもあって、とてもそんな歳に見えないのは前に会ったとき知っていました。

 でも今日はとても嬉しそうな表情でした。

「あきさんごめんなさいね。私ね、若いお嫁さんになってくれた貴女に盛大な結婚式を挙げて迎えたかったのよ。それなのに正人たら、子持ち男の結婚にそんな派手なことしたくない。がんとして聞き入れないのよ。申し訳ないからあなた達明日の新婚旅行はゆっくり行ってらっしやい。ミカちゃんの世話は私に任しておいて。ああそうだ

私田舎に帰っている間ミカの世話から、正人の世話まであなたにさしていたんだ。ほんとにありがとう。いいお嫁さんに来てもらって私も安心。あとは任しましたよ。あきさん」

 

 声挟む間も、挨拶することもないままお母様のテストに私は合格したようで、やれやれです。

 それが正人さんたら、言葉も挟まずそばでニヤニヤして私を見守っているのです。

 だから私も負けていられないのです。

 「お母様、お式のことは良いのです。私、両親はく亡くなって付き合いのある身内は居ませんの。結婚式して頂いても来てくれるものはいなくて恥ずかしい思いするだけですから、かえって助かっていますの。それより正人さんの奥さんになり、ミカちゃんの母親になれることが私には最高の喜びなのです。

 まだ娘気分抜けない不束者者ですが、いい奥さん、いい母親になるように努めますので家計の切り盛りできる主婦になれるように、お母様教えてください」

 頭を下げてから、ちらと正人さん見て<どう、ちゃんと挨拶できたでしょう?>

正人さんにうなずいて見せたものです。

 正人さんびっくりしたようにぽかんとした表情になっているのに、可笑しくなって笑いそうになるのを慌てて抑え込みました。

 

 「ああ、嬉しい挨拶だこと。あきさん私を姑めなんて思わないで頂戴ね、そう、友達よ。私だってまだまだ若いのだから、お友達になりましょう」

 はしゃぐお母様に私はほっとした気分で嬉しくなるのです。 

 世間でいうところの嫁、姑めとして気を使うことはなさそうです。

 

 それに、嬉しいのは、女装子の私には得られる筈のない素敵な家庭を一挙につくれたことです。勤め先と週末の女装クラブで女装子さん達との会話が私の世界でした。住処<すみか>のマンションには私を迎えるものは誰もいない、孤独が私の世界でした。

 それが突如として団らんの家庭が私を迎えたのです。

 夫がいて、子供がいて、姑めさんが訪ねてくる。

 普通の女性が何年もかかって作り上げるそんな家庭。それを私は、女装子の私が瞬時に身の回りに作り上げた~いえ、授かったのです。

 

 そういえば、お姑さんのあいさつ、実は、由美さんの特訓受けたのです。着物の着付けのように厳格な由美さんです。特訓も相当厳しいレクチャーでした。

 でも最後に由美さんは言ったのです。

 「ああ、あきさんは幸せ~私はそんな家庭の主婦になりたくてもなれなかった~

男との相手はわんさだったけど、それはうたかたでしかなかったものね。なのにあきさんは初めての男がノンケで、しかも奥さんに迎えられたなんて~

お祝いしながら、悔しい~」

 ため息ついた大先輩の由美さん。

 

 言われてみれば、確かにそうです。奇跡というものでしょうか?ほんとにこんな奇跡があって良いものか?想いながらも幸せが私のなかを満たすのです。

 

 「それでねあきさん、結婚式できないお詫びとして貴女に旅行に着れて、パーティドレスとしても着れる洋服を買ってきましたの、貴女、背が高いでしょう、だからブランドものじやないといけないと思って探したのよ。それがお店の人、<大人可愛い個性的なドレスです>なんていうので目に止まったの。それが清楚な感じのブルーで

<後ろ姿も単調にならないようリボンの組み合わせです。どこから見てもシャレ見えで、女っぽい雰囲気も後押ししてくれます>なんて、お店の人上手いこと言うじゃない。店員に言われただけじゃないのよ。私、このドレス着た貴女の姿を頭に浮かべたの、そしたらすごく素敵なイメージでピッタリという感じだったのよ。とにかく見て~」

 興奮気味のお母様は箱の蓋開けます。

 一目見て、素敵~そんな言葉が出る鮮やかなブルー、でも派手すぎないシンプルなイメージはデザインによるものなのでしょうか?横文字見たらフランス語です。フランスのデザインなのです。

 

 「お母様嬉しい、こんな素敵なドレス頂くなんて~こんなありがたい贈り物頂くのは私、初めてです。ありがとうございます」

 お礼言って頭下げたとき私は涙ぐんでいました。

 考えてみたら私は、メンズで仕事場にいても、ネクタイ一本もらった経験もないのです。女装でいても彼氏がいるわけでもないから、贈り物なんて無縁です。だから初めての贈り物がこんな素敵なドレスとなれば、ただ感激するばかりなのです。

 「良かった~喜んでもらって。」

 微笑むお母様です。

 「あきさんそのドレスで明日は一緒に歩けるなんて楽しみです」

 正人さんがそばから口挟むと~それまでおとなしく大人のやり取りを見ていたミカちゃんが体乗り出したのです。

 「ママ、私にもそのドレス着て一緒に歩いてね~」

 口挟んできたミカちゃんに大人たちも爆笑です。

 ああ、これが家族なんだ~私はしみじみした想いで心に焼き付けるのです。

 「それで正人さん今もあきさん云っているように、私のお祝いが初めてというじゃありませんか。自分のお嫁さんになる人に、あなた何もしていないの?贈り物していないの?」

 「お母さん僕だってそれは承知していますよ。でも、あきさんは贈り物よりほかのものが欲しいのですよ。」

 「ほかのモノ?なにそれ正人さん。どういうことなの?」

 怪訝な顔つきで問うお母様です。それに正人さんは苦笑いして頭かいているのです。

 「僕ですよ」

 「僕て~あなたが?」

 なおも怪訝な表情のお母様です。

 「明日一緒に旅行して僕があげるのです」

 「なにか良くわからないけど、正人さんが用意しているならいいけど」

 もっと問いただしそうなお母様の様子みて、私ははっと気ずいたのです。

 もう正人さんたら~顔が一気に染まりました。恥ずかしくて、でも図星だと思うと居たたまれなくなりそうです。

 「正人さんもうそれ位にして~」

 慌てて押しとどめると、正人さん私にウインクして笑うのです。

 「お母さんが帰ったあとで、あきさんに渡すものは用意していますから安心して下さい。僕だってそれぐらいは考えていますから」

 「それならまあいいわ。用意しているなら。私が帰ってからというなら私はお邪魔虫ね。はいはい、さっさと帰らしていただきます」

 「すみませんお母様、私はそんなつもりじゃ~せめて夕食ご一緒してから~」

 「大丈夫よ、あきさん私、拗ねているのじゃないの、これでも気利かしているのよ。まあ、こんな調子だからお願いしますね」

 「はい、まだ娘気分の世間知らずですから、お母様教えてくださいね」

 「いいですよ、喜んで~でも私安心してますの。娘どころか、貴女は歳<とし>以上にしっかりされているから|」

 手振って嬉し気な笑み見せるお母様です。

 「ああ、そうだミカちゃんこちらに来なさい。さっきからにこにこして聞いているけど、おばあちゃん達の話分かっているの?」

 「そうよ、おばあちゃん、ママはこのマンションに来てミカと一緒に住むのでしょう?」

 「そうだよミカちゃん、貴女にママができたの。だからママのいうことちゃんと聞いてお手伝いするのよ」

 「うん大丈夫おばあちゃん、もうミカね、ママが来たとうからお手伝いしているよ。えらいでしょう?」

 「偉いねミカちゃん、おばあちゃんは田舎に帰らなければいけないので、そうたびたび来れないけど、ママがいるから安心だね」

 うなずきあう二人見て私は改めて思います。

 そうだ私はこの家の主婦になるんだ、奥さんになるんだと~。l

 

 それにしても正人さんはこの後私に渡すもの用意してあるというけど、なんだろう?<僕をあげる>なんて恥ずかしいこと正人さんは言ったけど、それは明日だと言ったから~ああ、お母様からお祝いとドレス頂いた~そうか、婚約指輪?それに違いありません。そう気づいて、もうわくわくして待ちかねる私です。

<続く>