正人んを押しのける私の剣幕に、驚いたように正人さんは手を引きます。荒い息遣いが私を横切っていきます。怪訝な表情で私を見つめる正人さんです。

「あきさんどうしたの?」

「ごめんなさい。もうそれくらいにして~ミカちゃん達が帰ってきます。」

 きつい言い方かな?と、思いながらも理性でも抑えきれない官能の嵐にこのまま流されたら、取返しできない事に~その恐れが、私のなかの男が目覚めた印を感じたことで、冷めた気持ちを取り戻したのです。

 はだけた浴衣の襟を引き寄せながら訴える私に、正人さんはふあ~とした笑顔向けるのです。それが凄くセクシーに感じてしまう私です。

「あきさんこんなこと女の人相手に何時も僕がしていると思っていない?」

 少し気にしている表情で正人さんは訊ねます。

 

 聞かれて自分の気持ちに気が付いたのです。

 発展場の女装サークルで見る男性の印象とはまるで違っている正人さんに、自分が引かれていることに気が付いたのです。

「思う筈ありません。思っていたら正人さんとお付き合いすることしていません」

言い切ってから、アッと思いました。

 正人さんと接近していけない。そう覚悟しながら、こんな返事してしまって、後戻りできなくなる~。

これでは正人さんはさらに接近してくるに違いないと思ったのです。

 <どうしょう?>うつむいて正人さんを見ることができません。

 

 その私の頭上から正人さんが言葉掛けてくるのです。

「亡くなった妻にだって、外で僕はこんなことしたことないよ。あきさんだからできるのです。しておかないとあきさんに逃げられないか?それが不安だったのです。分かって下さいあきさん」

 先ほどの激情をまるで感じさせない穏やかな口調の正人さんに、私とは年の離れた大人の落ち着きを感じて、また流されそうな気持に囚われる私です。

 

 「逃げるなんて~ミカちゃんが私を離すはずないでしょう。それより恥ずかしいこと聞きますけど、奥さんにはできなくて、私ならできると~どういうことですの?」

 正人さんに問いただしたのは、私を軽く見てのことなのか?それとも別の理由からか?正人さんが私に逃げられないように~ということをそのまま受け取ればいいのか?

 私の直感はなぜか正人さんの本音が別にあるように思えてならないのです。

 

「ゴメン誤解さしたみたいで。考えてみてあきさん、僕はあきさんとは年の離れた子持ちの男ですよ。若くて美人のあきさんが、僕と付き合いしてくれるなんて思えないのです。でも僕はあきさんを離したくないのです。ミカがあきさんをママと言って離れないように、僕もあきさんに離れないようにするには、あきさんに僕の印つけるしかなかったのです」

「それじゃ正人さん、私を~」

「はい、好きです。愛しています。だからあきさんも僕から離れないでいてくれますか?」

 正人さんの告白は落ち着いた物静かな口調で物足りない気がする位です。逆に私の方が一気に血が昇ったのです。私も正人さんと離れたくない~その想いが衝動となって沸き上がったのです。

 

 でも、私の背筋を冷たいものが走るのを感じたとき、私は踏みとどまったのです。

 矢張り由美さん達が言うように私はカミングアウトすべきなのか?

  正人さんが私が好きなのは、女の私なのです。でも本当の私の姿を知れば?正人さんはどんな反応示すのか?恐ろしい想像が私の脳裏を走るのです。

 それでも、<愛している>正人さんの告白に今、私は答えなければいけないのです。

 でも、その勇気が~私は自信ないのです。

 

 言うべき言葉を失ってうなだれているほかありません。

 周囲の薄明りも消えて、暗闇に包まれているのを感じるのです。

 「あきさんどうしたの?黙り込んでしまって~」

 耳元で正人さんがささやきます。優しさを感じさせる声音です。それに助けられてやっと言葉が出たのです。

 「ごめんなさい。私も正人さん好きです。でもダメなのです。言えない理由があってだめなのです。それだけしか言えない。すみません」

 「謝ることありません。僕の方こそあきさんを困らせるようなこと言ってしまって」

 正人さんの優しい返事に、ますます正直にカミングアウトする想いが遠のくのです。言えばきっと正人さんを傷つけるような気がして、言えなくなるのです。

 

 また、言葉を失って正人さんを見れなくてうつむいてしまいます。

 「あきさん顔上げて~」

 言われて顔上げると、正人さんの笑顔が暗がりのなかでぼんやり見えるのです。

 「あきさん無理しなくてもいいよ。辛くて言えない事だったら言わなくていいからね。辛いことあきさんに無理に言わせるなんてこと僕は考えていないから。あきさんが気持ちの整理がついて、笑顔で言いたくなった時にいえばいいから」

 私の両肩に手をかけて告げる正人さんに、暖かさが私の胸に広がってきたのです。

 正人さんの真剣な表情が薄明りのなかで見えて、でも優しい言葉に包まれると虜になって<私はこのひとに愛されたい>心底思うのです。

 <でもそれは無理~>別の言葉が私のなかでささやくのです。

 

 「正人さんありがとう。嬉しい」それが私の精一杯の正人さんへの私の愛情の表現でした。

 「いいですよ。でも、ミカのママで居て下さいよ。でないとミカが泣きますからね」

 冗談にみせて答えて笑い声上げる正人さんに、釣られて私も笑い声あげたのです。

 とたんに正人さんの手が伸びて私は抱きしめられたのです。待っていたように私も正人さんの厚い胸の中に顔をうずめたのでした。

 

 幸福感がひたひた私を包み込みます。 

 

 テーブルの私の手提げからスマホの発信音が聞こえました。

 正人さんの胸から離れてスマホ見ると、由美さんです。

「あきさん悪いけど正人さんと代わって~」

「どうしたの?」

「いいからミカちゃん渡すのよ~」

ミカちゃん渡す?どういうこと?

首傾げながら、正人さんにスマホ手渡します。

「由美さんです」

「はい、穂高です。ミカお世話掛けてありがとうございます。はいはい~」

正人さんと由美さんとのやり取り聞こえますが、頭には入らないのです。

正人さんが恋しくてやり取りしている正人さんの背にもたれていました。浴衣を通して正人さんの声の響きが体の熱と共に私に伝わるのを楽しんでいました。

 

「あきさん悪い~ミカが寝てしまったので迎えに行ってきます。そのまま帰りますが、由美さんがあきさんにお店で待っていて欲しいそうです」

「でも、私、ミカちゃんのところ迄ででもお送りします」

「いや、ここでいいです。でないとこれできないでしょう」

 冗談のように言われて~え?何のこと?疑問に思う間もありません。

 引き寄せられて、正人さんは私の唇に唇つけてきたのです。

 

 反射的に抱きついてそれを受けたけど、正人さんはすぐつけた唇を離してしまうのです。

 なにか心残りになって正人さんを見つめると、正人さんは私の好きな笑顔を見せると、

 「じや、あきさんまたミカのママでいいから家に来て下さい」

 手をあげて見せたので、私も手を振り見送ります。

 

 頷いて階段降りて行く正人さんの背を見て、見送りながらもついて行きたい~その想いに囚われえるのです。

 人気のない屋上に一人取り残されて、足許に人家の明かりが届くだけの暗闇のなか、手すりにもたれて星空を眺めます。

 不思議にも激情のひと時を経験したというのに、本当なら辛さも悲しさもある筈なのに消えているのです。正人さんに口づけされて吸い取られてしまったみたい。

 <愛しています>正人さんに告げることが出来ない<女装子>であって、女でない私には、ただ口をつぐんで沈黙しか許されないのです。

 それでも正人さんに<愛している>その言葉を貰った嬉しさは、その悩みも、悲しさも打ち消してくれているようでした。

 降るような~そんな形容でいわれる星空ですが、都会の星空ではそんな星空は見ることはできないけれど、でも夜空の星を眺めていると、ほのぼのとした気分に包まれるのでした。

 不思議と私は幸福感を味わっていました。

 

 しばらくしてから階下のお店に入っていきました。

 扉を開けると、来たときと同じように歌声が聞こえます。

 あま~い唄声はまた優子さんです。

 店のカウンター席に座ってママさんにお礼言ってからウイスキーの水割りを頼みました。

 由美さんはまだ帰ってこないようです。

 カウンターにでた水割りをちびちび飲みながら、後ろのステージーで唄う優子さんの唄声にしびれるような気持ちになって聞いていたのです。

 

<続く>