写真・筆者 91歳の春

 スタジオは商店街の通りを横にそれて、細い路地の民家の並びに挟まれた3階建てのビルでした。まあ、ビルと言っても3階建ての住宅と変わりはないのは、玄関が並んでいる民家と同じだからです。

 ベルを押すと、少しして鍵を回す音がして内から扉が開けられました。

 

 上がり待ちから体を伸ばして扉を開けたのは、おんなの服を着ているけど男の顔立ちでメイクしていない女装さんでした。

 「はい~どなた?」

 「あきと言います。メイクの先生に予約していますのですけど~」

 「ああ、初めての人ね。さあ、入って、上がって台所で待ってらっしやい」

 「先生~あきと言う人がメイクに来てます」

 あがってすぐに階段があって、女装さんが下から声掛けると~

 「は~い今、一人メイクしてますから下で待っていて下さいね」  

 階段かから女の声が降ってきたのです。

 2階が化粧室でメイクするようです。

 

 左のガラス戸で隔てられた部屋に入るとキッチンのある台所です。カウンター前に椅子が4脚並んで、左上にテレビが点けられ、隅にはパソコンがあります。

 ネットの画面がでているので女装さんが見ているみたい。

 

 いきなり閃光が走って~隣の部屋見るとスタジオです。

 大きな傘の反射板があって、ライトが明るい光を放ち、そして緑の垂れ幕の前に着物姿の女性がポーズ見せているのです。

 初めて入ったスタジオだというのに、私は緊張することも忘れて声上げたのです。

 だって素敵だったのです。

 

 その人私より背丈があって、顔立ちがまた愛くるしいのです。目が大きくパッチリしてあれッという表情で私を見つめたのです。それが着てられる着物が淡いブルーの暑い季節にぴったりの生地で、でも控えめで上品な着こなし~

 その着物美人が緑の幕を背景にライトに照らされて、すらりとした立ち姿。まるで絵です。雑誌の表紙の絵姿です。

 

 「綺麗~」

 「ふふ~ありがとう。初めてお会いするわね」

 「はい、あきと言います。由美さんに教えれられて先生にメイクしてもらいに~」

 「そうなんだ~聞いてますよ。貴女のフレンドのしのさんは私のフレンドなのよ。私、静<しず>と言うの。今日は撮影で来ているのだけど、先生の撮影前に自分撮りしているのよ」

 「ホントにお綺麗です。着物が引き立っています」

 「これ先生のお見立てなの。私は貴女と同じ絽を着てきたのだけど、もったいないから着替えなさいといわれて、出してもらったのがこの着物」

 「絽と違いますね?」

 「ろうけつさらさ<蝋纈更紗>というの。涼しそうでしょう。触ってごらん」

 恐る恐るその袖を触ります。

 「触り心地いい~」

 「でしょう。通気性もいいの」

 

 「でも絽とどう違いますの?撮影にはこの着物がいいのですか?先生のもったいないてどいうことですか?」

 「ああそれは私ごと~じつは私の絽は私思い切ってボーナス全部ほりこんで買ったものなのよ。だから汚れたら大変だからとね~」 

 「ということは<ろうけつさらさ>は汚れに強いと~」

 問い返しながら、このひとも着物派~由美さんと同じように着物にこだわって強い愛着持っているのだと気がついたのです。

 

「汚れに強いというより洗いが効くというほうが正確でしょうね。まづ絽より長い期間、5月から9月まで着ることができるの。」

「でも夏場に着て汗かいて~」

「そこなの夏の着物で一番気になるところだけど、それがね洗濯ネットに畳んで入れて手洗いコースで洗う。干すのは陰干し。それでOK簡単でしょう」

「なにか洋服と変わりませんね?」

「洋服に寄ってはドライにださないといけないものあるけどね」

まあ、着物だって同じだけど~私には縁のない衣装だと思ってしまいます。でもそんな簡単に扱える着物があるなんて、着物の新しい発見した気分です。

 

「私、着物好きなんです。でも着付けがね~それで手が出ないで、この着物も借りて着せてもらって~だからフレンドさん怒るのです。

<女性の和服という衣装を自分で着付けして着ることが、究極の女装と私は信じて疑わないの。だからあきさんも自分で着付けできるようにしなさい。>言われるのだけど不詳の弟子の私ですから、無理~」

 

「あきさん、それはその方の考えで、私は違うと思います。そりゃ自分で帯も結んで着れることに越したことはないけどね、例えば帯が難しいというなら私は簡易帯のクルっと巻くだけの帯でも構わないと思うの。着物自体を着ることは、帯をまくことだけでなく、襦袢や着物の肩の分、胸の部分のたるみやしわを伸ばし

帯もお腹の部分が苦しくないように、かつ着崩れしないようにと、微妙な調整は何度も着物を着て少しづつ自分の体形に合ったやり方を見つけるものだというのが、私の考え。

 

初めて着付けを自分で始めたいと思っても、帯なんてちゃんと自分で結べる筈ないでしょう。その前に襦袢や着物がさまになるように着れるようになってから、帯を結ぶようになっても遅くないと思いますよ。」

「じや、襦袢や着物でお稽古して、帯はフレンドさんに結んでもらう。そういう順序でいいのですね」

 なにか分かってきたような気分で問い返します。

「そう、まずは何度も着物を着ることを覚えることね。」

「でも帯結ぶのてそんなに難しいことですか?」

 

 ため息つく私に~

「大丈夫よ、私だって最初から着物の着付けできたわけじやないのだからね。訓練、飽きずに練習することね」

 静さんに励まされて思うのです。

 このスタジオで静さんが、この素敵な着物姿ですらりとした立ち姿みせて、写真撮影するまでに~それこそ辛抱強く着付けの練習重ねてきた結果の表れだと、私は理解するのです。

 

 「初めのあきさんの質問だけど、~究極の女装は着物を着るだけでなく、着物姿での立ち振る舞いがあってのこと、それが私の答えになるの~」

 静さんの最後の言葉~は素敵そのもの~ああ、私も静さんのような女装さんにならないと~想いを胸に刻むのです。

 <続く>