㉒ 

 「由美さんそんなことじやないの~私、ママにされたの」

 正人さんとの関係は?

 私の男性関係を期待していた由美さんですから、私の答えは予想外だったのでしょう。

 

 はあ?という顔つきで問い返します。

「ママて?それ、お母さんにされたということ?」

「そう、すっかりミカちゃんに懐かれてしまって~一諸に居たいと駄々こねられて困ってしまったの」

 

 由美さんには、正人さんとミカちゃんの保育所の付き添いに行くのに、着ていく衣装で着物で行くことを薦められたとき、いきさつを話しているのです。

 

「ミカちゃんていう子供さんのことはいいから、その子のお父さんはどうなの?貴女が好きだと正人さんは言っているの?私が着物を着せて京美人にしたのだからね、絶対あきさんにメロメロになる筈よ」

「もう、そんな恥ずかしい~あのね、正人さんは大会社の偉いさんなのよ、そんなひとが女装子相手にする筈ないでしょう」

「でもあきさんは女装子だとカミングアウトしていないわね?」

「できる筈ないでしょう」

「だったらその正人さんという男性は、あきさんを女性だと思って付き合っているのだから、好きになる筈よ」

「どうして由美さんはそんなこと断言できるの?」

「断言できますとも。隣の男たちがあきさん落とそうとして必死に競争なの貴女気が付いていないの?」

「正人さんを女装子好きの男性と同じようにしないでよ~奥さんを亡くしても子育てしながら会社に勤めている方よ。亡くなった奥さんの事忘れることが出来ないで、私が奥さんに似ているからと、ミカちゃんのママになってほしいと私に言ってられるだけですからね」

「でも貴女は正人さんが背が高くてイケメンで、みかちゃんを大事にする優しいお父さんだと思っているのでしょう?」

「それはそうだけど、でも私は正人さんのことより、ミカちゃんが可愛いの、だからママになってやってくれと正人さんに頼まれたからママになったのですからね」

 

 自分でも言い訳みたいな言い方だと思うのだけど、由美さんの誘導にのって正人さんのこと認めたら、正人さんが私の恋人~いえ、奥さんにされてしまいます。

 由美さんの手前だけではないのです。私自身正人さんに近づいてはならいと自分に言い聞かせているのです。

 

 正人さんに近づくほど私が女装子と知られる危険がますのですから~。

 たとえ女性として正人さんと交際できても、それは一時の女の幸せでしかないのははっきりしているのです。正人さんが私の女装子を知って破局が訪れたときの恐ろしさを思うと、私は自分が耐えられないと思うのです。

 

 「あきさん貴女て変わっているわね~男性として最高に素敵な人より子供を選ぶなんて~信じられない」

 ため息をつく由美さんです。

 「そんなこと言うけど由美さん、いくら女の格好して女の気持ちになっても子供産めないのだもの、それがママと言ってくれる子ができたのよ。私、お母さん役やれると思うと最高に嬉しいの」

 「そんなものですかね~あきさんは男を知らないから、そんなこと言えるのよ」

 「いいの、いいの私はお母さんになりたいのだから~」

 

 ミカちゃんの顔思い浮かべて言い切ったけど、でもそのお母さん役はつかの間のことでしかないのは分かっています。長くお母さん役するほどに、正人さんとの付き合いにのめりこんでいきそうで、そんなことになることの恐れが私には怖いのです。

 

 「あきさんお母さんにされたって?~あきさんがママになるなんて、それ素敵じやない!」

 突然、後ろからの声に振りかえったら優子さんです。

  そういえば彼女別れた奥さんの間に息子さんがいるのです。

 「優子、なんで素敵なのよ」

 少しとがった声音の由美さんに、優子さんは可愛い男性に持てる笑顔でやり返したものです。

 「由美さんは子供がいないから、母親の気持ちが分からないのよ」

 「そうでしょうね。でも優子そんなこと言ってもその息子さんともう何年も会っていないと言っていましたね。それでも母親の気持ちでいるの?」

 

 「会わなくても母親は母親です」

 「子供の産めない母親だけどね」

 この二人会うとこんな調子でやりあうのです。仲が悪いわけではないのだけど、波調が合わないのです。

 「もうやめなさい。私のことの話でしょう。お二人の話ではないのだから」

 私が仲裁に入るのが毎度なのです。

 

 女装子といっても性別は男性です。母親になれるはずないのだけど、一日の大半を女装で過ごしている優子さんにとっては、彼女は女なのです。当然、母親でなければならないのです。

 

 そして何時ものように私達三人揃って、この日もカラオケスナックで唄ったのです。

 

 あくる日は日曜日とあって、遅くマンションに帰ってすぐのことです。

 携帯に呼び出しのメロディに画面を見ると正人さんからです。

 思わず緊張感が背筋を走るのを覚えました。

 

 「あきさん先日はありがとうございました。あれからミカがママに会いたいとうるさいのですよ。それもあるのですが、じつは母が孫がお世話になった方だからぜひお会いしてお礼言いたいというのですよ。

 それですみませんが、また私の社宅に来ていただけませんか?」

 

 ミカちゃんのママ役で終わりたいのに、正人さんのお母さんが会いたいて~どう応対すればいいのか?返事に困ってしまうのです。

 黙り込んでいると、正人さんの何回もの<お願いします>の繰り返しについに承諾するしかありませんでした。

 私ってどうして正人さんにこんなに弱いの?我ながら思ってしまいます。

<続く>