駅が近くて良かったのです。

 私はこれ以上正人さんの話を聞いているとのっぴきならぬことになると~そういう予感に駆り立てられて

  逃げるように駅の改札を通り過ぎたのです。

 呆気にとられたように見送る正人さんに、少しだけ手振って見せてからホームへの階段を駆け降りていました。

 

 JRの大阪までの電車のなかで、私は空き座席はあったけど、座ることをしないでドアの扉にもたれて走りすぎる景色をぼんやり見ていました。でも景色に注意を向けることなく私の脳裏は正人さんの言葉に占領されていました。

 

 

 <みかを母親とおもってくれる女性?>

 正人さんの言葉を、私はみかちゃんが私をママと当然のように呼んでいることを記憶にあるのを、連動させて思い浮かべていました。

 

 <正人さんは私をみかちゃんの母親にしたいと思っているのか?

 正人さんと交わした会話をたぐりよせて、正人さんの真意を探ろうとします。たしかに私にママになってほしい~。正人さんにその願望はあるのは確かと感じます。でもなぜかそこまでで踏みとどまっているようなのです。

 

 みかちゃんが私をママと断言して、はっきりと自分の気持ちをためらいなく見せているのに比べて、対照的です。それなのに正人さんはためらいを見せているのです、

<みかが母親とおもってくれる女性~>と私に断言しているのにです?

そこには矛盾があります。

 

男さんとの交際のない私には、男性の気持ちがさっぱりわかりません。自分が男だということも忘れて女の心理で考えるからでしょうか?疑問が解けないのです。

 

「降りるだろう?」

「やっぱり辞めとく~」

「さっきは付き合いすると言ったじゃないか?」

「気が変わったの、ごめん」

 

 横の座席に座っている若い男女の言葉が断片として私の耳に飛び込んできました。

 瞬間、私の頭のコンピュータが作動します。

 

 <男性について行きたい~でも、その先がどうなるか?わからないから不安?ためらいがある?辞めておこう>

 女性の心理を読み解きます。

 

 再び自分に戻った私は自分の気持ちに気が付いたのです。<なぜ正人さんの言葉に私はこだわるの?>

 こだわるのは、私が正人さんに引かれているからとなんとなく感じます。

 でもそれは叶わぬこということもまた分かっていることです。

 

 そして正人さんもまた私への気持ちはあるけど、何かの理由でためらいがあるのでは?

 私が男性で、女装していることを知ってのこととは思えないのです。自分でも自信があります。私の女装を見破った人はまだいないのです。

 いえ、女装グループではメイク室で一緒ですから、それは知って当然ですけど。

 

 それだけに、正人さんが私を女性と信じて疑わないのは間違いないという自信があるのです。

 なにか堂々巡りで、正人さんのこと考えているかと思うと、自分の気持ちを探ってみたりしているうちに気が付いたのです。

 

 <どうして思い悩むのか?所詮、正人さんとは縁のない立場なんだもの、大企業の偉いさんが女装子を相手にする筈はない。それにいくらみかちゃんが私を慕ってくれても、本当のママではないし、ママになれるものでもない>

 なにか自分の気持ちからは煮え切らない結論だけど、一応の答えがでて堂々巡りが締め暗れた気分になったのです。

 

 大阪駅から乗換えして新大阪に行きます。

 女装サクールにいる由美さんに会うためです。

 

 好奇心が強いこともあるけど、なにかと由美さんは先輩意識からか私の世話焼きたがるのです。

 私のママさん役の報告待ちかねている筈です。

 でも、ひょっとしたら男好きのゆりさんのことだから、正人さんとのことを詮索しょうとするかも~

 

 女装ルームのメイク室に入って、隣のロッカー室で、借りている自分のロッカーから服を出し、由利さんに借りた着物を脱ぎ服に着替え、着物を苦心惨憺畳んでいると上から声です。

「相変わらずアキはどんくさいね。いいから私が畳むから」

 

 由美さんに押しのけられ、床に広げた着物をあっという間に畳む由利さんです。

 <やっぱり年季が違う~>

 感心しながら、<まあ、由利さんは女装しても着物派なんだから当然なんだ>言い訳みたいに思ってしまいます。

 でも、春、秋に桜と紅葉観光にフレンドさん達と連れ立って毎年行くのだけど、由美さんは私に必ず着物着せようとするのです。

 

 まあ、私も着物は嫌いではないけど、でも身動きが不自由で~着物慣れしてないのかな~て言い訳しているけど、何時まで経っても自分で着付けできないから敬遠するほうなのです。

「貴女ね、着物を着たら京都美人言われるほど綺麗なんだから、もっと着物に慣れなさいよ。着付け位自分でできなくてどうするの」

 でも京美人なんて言われると、矢張り着物にする私だけど~

 

 由美さんに毎度お説教されるのが習わしになっている私です。

「だってホント歩きにくいもの~、春の観光で2条城行ったとき溝が渡られなくて手を取ってもらって渡ったぐらいでしょう」

「そんなときはね。思い切って恥ずかしがらずにえい!裾まくり上げるの~」

「そんな恥ずかしいことできません」

「でもその割に、梅の菊で食事したときトイレに入って出てこれなかったのはどなたでしたかしら?」

これ言われると私弱いのです。

 

 じつはこのお店ビルの地下にあるというのに、入口から京都のお店の構えなんです。さらに中へ入ると履物を脱いで下足番にお願いして札を貰うのですから、昔の芝居小屋に入るような感じ、それに廊下を行くと昔の茶室のように障子戸をくぐって部屋に入るのですよ。

 

その部屋が曲がりくねった廊下を連なって続いているのです。

 

 初めて行ったとき何か料亭に入ったような気がして<これは高い?>内心ビビりましたからね。部屋には床の間があって、掛け軸が掛けられ、花が生けられて~職場の同僚と居酒屋位しか行かない、しがないサラリーマンの私には、まるで別世界のお店だったのです。

 

 じつはもっと素敵だと思ったのはトイレなのです。笑うでしょう。

 それがタイル張りの洋風の冷たい感触のトイレではないのです。

木つくりの和室と間違えるような広くて暖かい雰囲気をもたらすようなトイレなのです。

 

 思わず私は携帯で写真撮っていたのです。

 そしておもむろに着物の裾をめくって紐を付けた洗濯ハサミで、着物の裾を挟んで紐を首に巻き付けます。こうすると用をたしているとき着物の裾が降りてくるのを防げるのです。

 由美さんに教えてもらったのです。

 

 そこまでは良かったのですが~冬に入って寒い時だったのです。

 腰巻に着物では裾ががらんどう~寒いと思って私はパンスト穿いていたのです。

 当然パンスト降ろさなければ用を足すことできないのです。

 

 ところがパンストが着物、帯の下に履いているのを降ろそうとするのだけど、帯にきつく締められて降りてくれません。

 必死でした~このままでは用を足すことできません。

 持たなくなってショーツ、パンスト越しに漏れるのです。

 便意と闘いパンストと戦って~ヒア汗まみれです。

 

 そしたらトイレの戸がノックされて、由美さんの声がしたのです。

 「あきさんどうしたの?いつまでトイレに居る気?」

 「それがパンストが帯に締められて降りないの~」

 「そんなことでトイレで籠城しているの~馬鹿ね~息止めて、お腹へこませてから、パンスト、ショーツ降ろしてごらん。」

 

 言われてその通りしたら簡単にパンスト降りて~

 本当にあんなに苦しいことありませんでした。でも矢張り由美さんは着物派の大御所です。

 でも部屋にもどってから皆な豆腐定食食べているのに、由美さんのお説教なのです。

 

 「なにも寒いからと言って、パンストやショーツ穿くことないでしょう。そんなもの穿かなくても着物は暖かいの」

 「え~由美さんそれなら貴女すっぽんぽんなの?」

 「ええそうよ。えい!と裾上げたら簡単に用たせるの。着物のひざ下はがらんどうで寒そうと思うけど

 実はそこに空気が溜まって案外暖かいものなの~」

 

 こんな調子で逆らっていたら、豆腐料理食べられないでしょう。だから私は、はいはいと~従うのです。

 ああ、脱線です。

 女装サークルのメイク室でした。

 

 由美さんは畳んだ着物を<着物収納袋>入れると、ロッカーの上に置くと、やおら私に向き直ります。

 「あきさん、それでその男の人、正人さんとの首尾はどうだったの?」

 <ええ、みかちゃんのこと話そうと思っていたのに、正人さんのことなの?>

 

 矢張り由美さん私の男性関係に興味あるのです。

 <続く>