⑯ 私が前に住んでいたのは文化住宅。長屋に毛が生えたような連棟の住宅。

 そして今は病院での窓口責任者になって給料も上がって、マンション住まいできるようになって裕福な気分に浸っているときなのに~

 

 玄関のたたきは艶のある石が敷き詰められ、天井まであるげた箱に~物いれ。

 低い段差の床は磨きぬかれた木の木目が光る床が広がっています。広い間取りに見合って、大きいテーブルを挟んでゆったりした椅子が。応接セットがテーブル挟んで絨毯の上で向かい合って~

 

 玄関に応接間?不思議に思ったけど、正人さんの仕事を考えて、気が付きました。社宅として住まいになっているけど、商社だから仕事場にもなっているみたいです。外国のお客さんなどが来たときの懇談の場になるのでしょう。

 

 ミカちゃんが私の横すり抜けて、靴を蹴飛ばすように脱ぐと応接間の椅子に駆け上がります。椅子がふわふわしてミカちゃんの体が上下に踊ります。

 「ミカちゃん椅子が痛むでしょう。降りて部屋に入りましょう」

 「は~いママ」

 

 応接間の右と左に扉があります。草履を脱いで床に上がったものの、どちらの部屋に入ればいいのか?迷います。

  ミカちゃんが右の扉を開けると振り向きます。

 「ママどうぞ~」ふふ~笑いながら開けた扉にもたれてミカちゃんが、私に可愛く会釈するのです。

 「お邪魔します」

 

 部屋をのぞき込んで、「すごい~」思わず声が出てしまいます。

 20畳もあるようなダイニングルームです。

 自然と足が近づいていて流し台の前に立っていました。

 

 それが中央に大きな流し台があって、2台のガスレンジに電子レンジ、炊飯器、ポット、そして食器乾燥機。

 

 流し台は人造大理石がはめられた独立したキッチンセットです。

 流し台にそって天井までの食器収納庫は、上半分のガラス越しに見えるのは、高級感感じさせる受け皿に乗ったコーヒカップ。ガラスコップに大、小の飾りの綺麗なお皿です。

 

 横には私より背の高い冷蔵庫と冷凍庫が並び~

 そして窓際にはダイニングテーブルにチエアーが並び、大型テレビの前にはソフアーがあり、その隣は台座のある部屋が襖で仕切られているのです。

 

 窓の光が差し込んで、清潔感あふれる明るさがダイニングルーム全体に満ちています。ベランダのあるガラス戸からから外を見下ろすと、市街地の人家が、ビルが立ち並びそしてはるかな向こうに海が見渡せるではありませんか。

 

 なにもかも私は自分の住むマンション、住処<すみか>が家とは思えなくなってくるのです。高級ホテルでもここまでではありません。まあ、写真で見ただけのホテルですけどね。

 

 でも社宅だから多分調度品は備え付けなのかもしれません。

 それにしてもミカちゃんの話では、正人さんは、社宅は嫌だから家を買うような話だけど、私なら絶対ここに住み着きたい~。でも、思ったのはつかのま~

 

 <ええ?私何考えているの?どうして私がここに住めると思うの?>

 そんなこと想う自分にどきりとしました。

 

 私はダイニングテーブルのチェアーに腰かけて想っていました。

 亡くなったこの家の奥様の趣味の良さ、手入れの行き届いているダイニングーのありようみても、自分では女と自覚している私だけど、とても叶わない女性像が浮かんでくるのです。

 

 正人さんやミカちゃんは私が奥様に似ているというけど、それは外面だけ~

 それよりも、もっと~私は女装。男の性持つまるで比較にもならない人間だと自分に言い聞かせるほかないのです。

 

 <お姉さんママとか、ミカちゃんはママと言ってくれるけど、とてもとても~>安易に考え、情に流されママ役引き受けた自分の甘さ加減が悔やまれるのです。

 

 それでもここまできたのです。ミカちゃんの気持ちを考えると引き返すことできないのです。

 だからと言って、前に進むことできない身であることは分かっているのす。

 

 「ママ~」ミカちゃんに声掛けられて飛び上がりました。

 「ママ、パパがね、冷蔵庫のものママにどうぞ~て言っていたよ。ミカはジュースがいい」

 「じや、ママものど乾いたから飲み物頂こうかしら~」

 「お茶にアイスコーヒー、サイダーがあるよ。それに良かったらビールもどうぞ~てパパがママに云っときなさいて~」

 「ミカちやんえらいね~パパに言われたこと覚えているんだ」

 「えらいでしょう~じや、トイレ行ってくるからジュースいれといてね」

 「はいはい、冷蔵庫見ますね」

 

 取りあえず食器棚からガラスコップ二つ取って、テーブルに並べ、冷蔵庫のボケットに並んでいるジュースのパックとアイスコーヒのパックを出して、コップにそれぞれ注ぎます。

 ビールはあったけど、さすがに他人の家でビールは遠慮しました。

 

 「ママジュースしてくれた?」

 トイレから出てきたミカちゃん首を傾げたポーズで私を見つめます。笑顔に満ちています。

 ぴん~ときました。

 <この子、家にママが居ることの喜びを満喫しているのでは?>

 そんな判断が頭に浮かんだのです。

 

 「ミカちゃんトイレ行って手洗った?」

 自分の内なる気持ちを隠すためにミカちゃんに尋ねました。

 「はい大丈夫だよママ。ちゃんと手洗わないと、おばあちゃんに怒られるからね」

 「おばあちゃん怖い人なの?

 「そうでもない。ミカには優しい。でも時々怖いときあるんだ。そんな時はミカはハイハイと言っておとなしくしているんだ」

 優しいけど時々怖い人は、ホントの意味で怖い人なんだと私は知っています。でも私はミカちゃんのママ役だから、正人さんのお母さんと会うことはなそうだから安心です。

 

 「ではママは優しくて怒らないからね。ジュースお飲みなさい」

 「はい~ママはコーヒーだね。乾杯しょうママ」

 「いいですよ。ミカちゃんと乾杯~」

 コップのジュースを一口飲むと、ミカちゃんは私に笑顔を向けます

 その笑顔に正人さんの言葉がふと脳裏に浮かんだのです。

 「ミカがこんなうれしそうな顔するのは久しぶりです」

 

 そうなのだと正人さんの言葉の意味に思い当たったのです。

 <母を失って笑顔を失ったこの子が、私というママが我が家に居ることの喜こびに浸っているのだ>私は理解します。

 

 それは嬉しいことです。でもなにか閊<つかえ>るものが私のなかにあるのもまた否定できないのです。

 <どちらにしても私は仮のママ役なんだ>自分に言い聞かせます。

 

 私の携帯が鳴って耳に当てました。

 正人さんの声が飛び込んできたのです。

 

 <続く>