地下街の通りに面して細い通路がガラス越しに見える入口がありました。

 ガラス扉に<○○商事通用口>と金文字があります。

 

 正人さんはその扉を開けて私達を招きます。

 入ってすぐエレベーターがありました。乗り込んですぐ止まったのは2階だからです。

 エレベーターから足踏み出したら明るい光に包まれました。フロアーのような廊下が長く伸びて明るいのです。

 

 事務室の扉が間隔を置いて並んでいます。日曜でも正人さんのように仕事をする人がいるようです。

 保育所はエレベーターの前、フロアーの一画を占めているのです。

 ガラス窓越しに子供たちの遊び場が見えます。畳敷には積み木が並んでいます。床には可愛い滑り台や象の椅子や小さなテーブルが並んでいて、子供の部屋の感じがします。

 

 「正人さんはこのビルで仕事されますの?」

 「そうです。保育所に入ることはしませんが、仕事の合間に廊下からミカの様子見ることはできますね」

 「看板掛かっています。乳児保育もあるのですね」

 「そうです。赤ちゃん抱いてお母さんが出勤できるのです。出勤はラッシュ避けてです。仕事の中では授乳時間をもうけてここへお母さんが赤ちゃんにお乳あげに来るのです。」

 

 「わあ~素敵~私もこんな会社に入りたい~」

 「あきさんなら、きっと美人の可愛い赤ちゃん生まれますよ」

 「ええ?」

 その正人さんの言葉にどきりとしました。いくら美人に見えても、所詮女装子は子供は産むことできないのですから~それは当たり前のことと分かっているけど、女装子にはこれが限界?かと覚悟していることなのです。

 

 「正人さん早く入りましょう。所張さんお待ちかねですよ」

 正人さんに後の言葉言わさないようにうながしたものです。

 

 扉を開けるとコンクリートのたたきから、低い上がり待ちになって、板敷きの廊下が奥に伸びています。

 無意識に上がって二、三歩歩いたら~

 「ママ!履物脱ぐの~」

 ミカちゃんに呼び止められたのです。

 ええ?何事かと振り向いたら、靴を片手に持って廊下に立ったミカちゃんが、指先伸ばして私の足許を合図するのです。

 

「ママ靴箱に履物入れるの」言われて飛び上がる気分です。

 「ありがとうミカちゃん、ママ緊張しすぎてうっかりしていた」

  着物に草履でうっかり廊下に上がり込んでいたのです。今の正人さんの言葉にこたえていたのでしょうか?

 

 大人の背丈ほどの靴箱の上段に来客用と書いてある蓋を開けると、スリッパが入っていたので私の草履と入れ替えます。

 

 「ミカちゃん良く気が付いたね」

 「ふふ~おばあちゃんとなんだっけ、見学に行ったの」

 「下見に行っているのですよ」傍から正人さんが口添えします。

 

  部屋の奥に進むと、部屋ごとに<ばら><なでしこ><すみれ>と木の札が掛かっています。<事務室>と木札が掛かっている部屋で、ガラス窓越しに人影が見えたので正人さんが戸を開け私達も後に続きます。

 

 矢張り緊張します。入口で立ち止まって息止めてから、手をつないでいるミカちゃんに一寸笑み見せて頷いてから正人さんの後に続きます。

 

 「おじゃまします。」

 正人さんの良く通る声がしたのに、奥のテーブルで書類を見ていた女性が顔を上げ立ち上がります。

 

 紺の事務服を着た年配の婦人です。髪を後ろで束ねています。

  ニコニコした笑顔は気安くもの言えるそんなタイプの婦人です。

 

 「いらっしゃい~穂高さんですね?保育所長です」

 「どうも、穂高です。日曜でお休みのところすみません。穂高ミカの面接お願いします」

  正人さんが腰曲げたので、私も慌てて頭下げてついでにミカちゃんにささやき

ます。

 「ミカちゃん挨拶は~」

 

 「園長さんこんにちは~穂高ミカです~」

 「まあ~ちゃんとご挨拶できるのですね。お友達たくさんいますから仲良くしてくださいね」

 「はい!」活発に答えるミカちやん見て、私はどう挨拶すればいいの?迷ってしまいます。

 「こちらミカの面倒見て頂いている相原あきさんです」

 正人さんが素早く紹介してくれてほっとしました。

 

 「穂高さんの知人です。今日は穂高さんがお仕事なので、私がミカちゃんの付き添いすることに~」

 「それはご苦労様です。お着物お似合いで綺麗です」

 笑顔の所長さんに<ありがとうございます>言う間もありません。

 

 「ミカのママだよ」

 間髪入れずミカちゃんが叫んだのです。

 

  「ミカちゃんそれは~」慌てました。

 「ミカ~お姉ちゃんママだよ」

  正人さんもさすがに慌てて口挟みます。

 「あらあら~ミカちゃん綺麗なママさんで嬉しいね」

 

 所長さんがにこやかな笑み浮かべてミカちゃんに声掛けると、ミカちゃんが納得して大きくうなずいて見せてやれやれの気持ちです。

 さすがに保育所の所長さんです。子供の扱いに長けておられます。

「ミカちゃんのお母様のこと聞いております。お気の毒のことです。私どももできる限りのことはさして頂きます」

 「ありがとうございます。私の母が田舎に帰りミカを私が見なければならないようになって、私が仕事かあるので保育所にお願いしたのです。今日もこれから私が仕事で、それで相原さんに見て頂くことをしたのです」

 

 「それはご苦労様です。それでは相原さんが穂高さんが仕事から帰られるまでミカちやんの世話されるのですね」

 「はい、慣れないママ役ですけど、これからミカちゃんと帰ることになります」

 「お若いのにね~」

 言いながら所長さん私をじっ~と見つめるのです。でもすぐ笑み浮かべると正人さんに視線向けます。

 「しっかりしたお嬢さんです。安心してお世話できます。年長組のすみれに入って頂きます。では穂高さん入所手続きしていただきます」

 隣りのソフアーテーブルに正人さんが案内されたのを見て、

 「遊戯室で待たしていただきます」

 

 所長さんに断り言って、玄関の遊戯室でミカちゃんを象の小さな滑り台で遊ばせました。

 ミカちやんの相手しながらも私はわきの下に汗かいていました。

 ヒア汗です。

 

 所長さんにじっ~と見つめられて、私は女装を見破られた?その不安に気が気でなかったのです。

 

 <続く>