首傾げた私に正人さんは笑み浮かべるのです。

 「あきさん今日は着物姿で~一段と綺麗です。着物の色が明るく映えて電車から降りてこちらに向かってこられたとき、すぐわかりました。多い人の中であきさんだけが目立って見えました」

 「まあ~恥ずかしいこと言わないで下さい。着物は良くても中身はおばさんなのですから~」

 「とんでもない、あきさん構内通っていく女性の人達見てごらんなさい。貴女に匹敵する女性は見当たりませんよ」

 「正人さん!もう口のうまいこと言って~お上手はよろしいから行きましょう」

 

 顔の前で手を激しく振ってしまいます。それにしても商社のひとて、人とのやり取りする仕事の関係なのか口がホント上手だと感心します。

 「ミカちやんママと手つないで行きましょう。パパと話していたら保育所にいつ着くかわからないでしょう」

 「そうだよママ、パパたらママと話したら、ミカとおしゃべりしてくれないのだから」

  「分かりました、わかりました。じや、パパとも手をつないで3人並んで歩こう」

 

 正人さんが答えるとミカちゃんの手をつなぎます。でもそれは短い距離です。

 50メートルも歩くと一階に降りる長いエスカレータなのですからね。正人さんが先頭に私はミカちゃんを後ろから抱えるようにして、正人さんの後に並びます。

 

 降りて行くエレベータでは、ミカちゃんをはさんで、私の前で私と同じ背丈になっている正人さんの背中を見ると、がっしりとしてたくましく見えるのです。ホントに男性的です。ピシッとスーツ着こんだ姿はイケメンそのものなのです。

 さぞ会社でも女性の人達に持てるのでは?

 なにか、焼きもちの気分になってしまうのです。

 

 でもそれはあくまで気持ちの上だけの想い。正人さんに綺麗と言われようと~私は女装子、性は男なのです。

 でも、こうして着物で身を飾り、しとやかに足を運ぶと絶対女性と見られる自信があります。

 そして気持ちも女性になり切ってしまいます。

 

 その自信がミカちゃんの母親の役割で、保育所の面接に行く気持ちになったのかも知れません。

 勿論、私をその気にさせたきっかけは、ミカちやんと正人さんです。

 

 夕べの携帯のやり取りで、聞こえてくる正人さんの困り切ったという感じの言葉に、私は引き込まれて後先考えずに承諾してしまったのですが、考えてみたら面接ですから家庭の状況など色々聞かれる筈です。

 

 でも、会ったばかりの私に答えられる筈ありません。あわてて正人さんに携帯に口寄せて伝えたら、

「大丈夫です私も面接は同行しますから、あきさんは傍に居て下さるだけでいいのです」

「それなら私が行かなくても?」

「それがそうもいかないのです。面接終われば会社に行かなければならない私の都合もありますが、問題はミカなのです。遊園地に行くのをキャンセルして保育園に行くことに嫌だとごねて手つけられないのです。それでまた申し訳ないのですが、あきさんが一諸だと言ったら途端に保育園納得したのです。すみません、なんとかミカのために明日もお願いします。」

 

 初めに考えなしに簡単に引き受けた手前、こうまで泣きつかれると承知するしかありません。

 それで今日の待ち合わせになったのです。

 

 でも、こうして3人並んで話しながら歩くと、なにか家族連れの気分になるのです。

 一人暮らしの私には連れ立って歩くとしたら、女装のフレンドさんしかいないのです。でも、なぜか連れ立って歩くと、女装がばれるのでは~そればかりが気になって落ち着かないのです。

 どうも私のフレンドさん達は大抵大柄で、女装していても目立つのです。それで連れ立っている私も同類で男を見抜かれる~そんな気持ちが働くのかも知れません。

 

 それが素敵な男性~正人さんと子供のミカちゃんと連れ立っている着物姿の私だもの、女装など見抜かれるなんてある筈ないのです。その安心感が家族連れの気持ちを実感で感じさせるのです。

 初めて経験する親子連れになにか幸せに包まれている私です。

 

 地下街に降りるとすごい人通りです。メトロ<地下鉄>の駅から人の波が吐き出されて来るのです。

私達三人並んで歩くなんてできません。ミカちゃんが人波にさらわれそうなのです。

 正人さんが先頭に立ち人波をかき分けて進みます。私とミカちゃんは正人さんを盾にして後ろに続くのです。

 

 でもメトロの駅を過ぎると、人の流れがぐんと減ります。

 少し歩くとビジネス街の地下に入ったみたいで、もう人通りがほとんどないのです。そうなんだ日曜でお休みなんだと気が付きます。

 

 また三人手をつないで歩けます。

 「あきさんこうして歩いていると親子三人でお出かけみたいです。出会ったばかりのあきさんにここまでお付き合いさせてもうしわけないと思いながら、このままず~とこれが続いたらと思ってしまうのです」

 「いいえ、いいのですよ、私もお母さん気分味わって楽しんでいますの。ふふん独身からいきなりお母さんは早すぎましたかしら」

 「いや~そうでした。これから結婚するという<女性>ひとが子持ちの男と連れ立って歩くなんて、お気の毒すぎます」

 

 「それは違います正人さん、私、素敵な男性と連れ立って歩けるなんて、身元も明かせない一人前でない私には夢みたいな経験なんですよ」

 答えながら<一人前でない>と答えた本当の意味~いくら女の衣装に身を飾り、メイクで女性にみせても女装子の私には、夫を子供を持つ家族など夢のまた夢でしかないのだと~自分に言い聞かせているのです。

 

 「それならあきさん僕も違いますと言いますよ。美人でスタイル良くて、会ったばかりの子供の母親役かって出るような優しい女性はそういませんよ。私の知る女性ではいません。ああ、亡くなった妻はそうかも~すみません妻のこと引合いに出して」

 

 「ありがとうございます。恥ずかしいからそれでやめてください正人さん。それよりミカちゃん保育所にはいれても、送り迎えやお母さんおいででないなら家では正人さんが?」

 「はいそうです。ここの保育所は会社の保育所なのです。社員が結婚して子育てのため会社を辞めなくて済むように、ゼロ歳児保育もふくめて面倒見てもらえるのです。出勤、退勤まで子供を見てもらえて送り迎えも会社と同じビルですから私も助かるのです」

 

 家では正人さんがミカちゃんの面倒見るにしても、今日のようなことがあるとまた私が引っ張り出されるのでは?そんな予感がするのですが、なぜか私の一人きりの生活の中に新しい刺激が生まれそうで嫌な気分どころか、待ちわびる気持ちになる自分が不思議です。

 

 「母子家庭も大変ですけど、父子家庭も別の形で大変なのですね」

 「まあ、母が田舎から出てきて見てくれているので助かるのですが、もう母も歳<とし>ですから両方の家の始末して、ミカの面倒見ての負担は大きいですからね。田舎暮らしに慣れているのが、都会のマンション暮らしは辛いようで、時々田舎の家に帰るのです。」

 語るとため息つく正人さんに、いわでもいいことを口から出てしまう私です。

 

 「奥様の想いもあるでしょうが,矢張り再婚されたほうがいいかも知れませんね。まだお若いのですもの~父子家庭なんてお気の毒です」

 「母もそう言うのです。僕も再婚は嫌というわけではないのですが、ミカの気持ちも考えてやらないとね。僕の気持ちだけでなく、母親になってもらうのだからミカが懐いてくれる女性<ひと>でないとね」

 「優しい、いいお父様ですね~早くそんな方見つかるといいですね」

 「ありがとうございます。なにせ子持ち男ですから、そう簡単にそんな女性に巡り合えるとは、今まで思っていましたからね」

 

 「えっ!それじゃその幸運な女性<ひと>みつかりましたの?」

  少し残念な気持ちがあるのだけど~

 「はい、まだきまっわけではないのですが、意中の人見つけました。それはそうとあきさん、これからもミカがママ、ママとごねたとき、あきさんが居てくれたらと~つくづく思うのです。無理なこと分かっていますが、ミカのママ役お願いしたいのです。そのためにも僕の母と会ってくれませんか?」

 

 「ミカごねるから、ママお願いします」

 ちゃんと私達の話聞いているのです。にぎっている私の手を振り回すミカちゃんです。

 「はいはい、ミカちゃんのママですから、ミカちゃんの言うこと聞いてあげますよ。」

 

 ミカちゃんのベースに乗りやすい私は簡単に返事して、正人さんの言葉の意味を考えもしませんでした。

 <続く>