それがミカちゃんを遊園地に連れて行くと約束した前の日、土曜日の夜のことです。

 正人さんにスマホのアドレス教えていたら、早速です。メールではなく携帯に電話がかかってきたのです。

 

 「あきさん夜分すみません。実は明日、申し込んでいた保育所からの連絡で所長さんの面接に来てください。と言ってきたのですよ。途中入所でお願いした手前日程の変更の無理も言えないし~母も田舎に帰ってしまって~すぐ戻ってくるとは言っているのですが~僕も昨日休んで今日はやり残した仕事で昼から出社しなければいけないし~」

 

 電話の声だけでも正人さんの話はだんだん歯切れ悪くなっていくのです。

 「はいはい~分かりました。私に来てほしいということなのでしょう」

 たとえお姉さんママでもこの際引き受けるしかない~内心自分に言い訳している気分でいながら、なにかわくわくするのを抑えられないのです。

 

 「来ていただけるのですか!」電話口で声張り上げる正人さんに<余程嬉しかったみたい>内心思います。

 「助かりました、もう切羽詰まっていたのです。昨日お会いしたばかりのあきさんに頼るなんて、厚かましいとは思っていますが~あきさんしかいないのです。頼る方が~」

 

 「いいのですよ。ミカちゃんとママになると約束したのですから~一人ぼっちになどできません」

 「助かりました。」「ミカ!明日保育所へママが一諸してくれるて~遊園地諦めて保育所行くだろう~」

 

 弾んだ正人さんの声が携帯を通して聞こえてくるのです。

 

 

 

   私は、阪急電車の一番前の扉から飛び出すようにホームに降りました。

 後から迫ってくる人波に飲み込まれないように小股で足早に歩きます。着物姿だと足が遅くなってしまうからです。

 

 保育所の面接~お母さん役です。若く見られないように落ち着いた雰囲気にしないと~普段のワンピースの晴れやかさと一転して、主婦の印象に見られる着物姿にしたのです。

 

 いいえ、私、着物など持っていません。女装のフレンドの由美さんからの借り物なのです。じつは正人さんから

の電話が携帯に入って、真っ先に考えたのはどんな衣装で保育所に行くか?でした。

 <お母さんらしく~>それが頭のなかを駆け巡りました。

 

 でも私の部屋の洋服箪笥には、それに見合う服なんてある筈ありません。これでも私は若いのですから。まだまだ女装では娘で通るのです。

 それが今回はそうもいきません。ママになります~そんなこと言いながら~着る服がないなんて~ 困り果てた末に思い出したのは、女装のフレンドの由美さんです。

 

 女装さんで着物を着る人は少数派です。衣装が高くつくだけでなくとにかく小物が多いのです。

 肌襦袢、コーリンベルト、腰ひも、マジックベルト<伊達締>、帯板、下駄、巾着、扇子、帯飾り、髪飾り

 と、そして勿論足袋と草履です。着物と帯なんて思ったらとんでもないのです。

 

 そして何よりも敬遠されるのが着物の着付け~これだけで女装さんは逃げてしまうのです。

 そんなので私も敬遠のほうだけど、年上の由美さんに叱咤激励されて春の桜、秋の紅葉の季節には着物着せられて観光に行く習わしなのです。

 

 由美さんなら目指す着物持っている筈~土曜の夜は必ず発展場<女装サークル>で屯している筈と踏んで電話したら居りました。

 私のママさん役の話はしていましたから、話は通じました。

 

 朝早く女装サークルにでかけて、由美さんがメイク室の貸しロッカーから出してくれた着物.ピンク色の無地

の明るく可愛らしいのです。それに帯はゴールドの晴れやかなものですから~

 

 「由美さんこれ派手じゃない?子持ちのお母さんが着る?」

 「あきさん何言ってるの、今どきの若い奥さんは娘さんの衣装きるのよ。派手どころかこれがぴったりなの。

美人のあきさんが着たらほれぼれ~正人さんころりとまいるわよ~」

 「違うの、私のお相手はミカちゃん。ミカちゃんのお母さんなのよ」

 

 私が慌てて打ち消しても、由美さんは聞く耳持ちません。発展の男性しか知らないせいか、男と女は男女関係

でしか理解しないのですからね。 

                                                      とにかくやいやい言いながら、由美さんにメイク室で着付けしてもらって~私の着物姿が完成~というわけ~。

メイク室の大鏡の前で着物姿の自分の姿に見とれながら、ふと、正人さんのことが頭よぎるのです。

 <長い話ゴメン>

 

 「ママここだよ~」

 ミカちゃんの甲高い声が駅のホールに響きます。

 改札口の出口の所にミカちゃんが正人さんに抱かれて腕を振っているのです。

 

 駆けるように歩きながら私は胸の前で小さく手を振ります。

 恥ずかしいので声の合図は送れないけど、自然と笑みがこぼれるのです。

 なにか、もう母親気分になって手を振る娘に駆け寄る~そんな幻想に憑りつかれている気分です。

 

 いえ、幻想ではないのです。今日はママとしてミカちゃんの保育所の入所面接に、正人さんと3人が行くのですから。

 「ミカちゃん今日は~正人さんお待たせしてごめんなさい。」

 「いや~ぼくのほうこそ無理なお願いして申し訳ないです。僕たちの方が早く来たのですよ。それがミカがもう早く行こうとうるさいのですよ。いや、保育所じやないのです。ママに、あきさんに会いたいからですよ」

 

 苦笑いしながら正人さんは「ありがとうございます。」と丁寧に頭下げられると、私の着物姿に見とれるように視線走らされて、思わずどぎまぎしてしまいます。

 「気使わないで下さい。正人さん。私、今日は保育所でミカちゃんのお母さん役するのにワクワクしているのですから」

 

 私達の間で見上げるミカちゃんの頭を自然となぜなぜする私です。

 「ママ、お母さん役じやないよ。ママはミカのお母さんだからね」

 相変わらずミカちゃんはおませなのです。

 

 「ママに会うのをミカちゃん待ってくれていたのね。ママもミカちゃんに会うのを待ちかねていたのよ」

 「ミカもそうだよ,ママ~パパに早く早くといったの、だって、ママにミカのこのお洋服見て欲しかったもの」

 言いながら両手を水平に上げて体を回して見せるミカちゃんです。

  「サスベンダー風のTシャツ、黒地にピンクボーダのデザインが可愛いのです。そしてフリルパンツ・スカートに赤・黒の筋が入って、可愛い顔は髪が横でまとめて、水色のリボンで結んでいます。くるくる回る足許はサンダルに縞模様の黒のリボンが結び付けられているのが可愛いいのです」

 

 正人さんの解説がなにか棒読みみたいでおかしいとは思いつつ、私はうなずきながらミカちゃんの可愛い衣装を確認していきます。

 「ミカちゃん服も髪もサンダルもぜーんぶ可愛いよ。よく似合っている~パパに選んで貰ったの?」

 「そう~でもほんとはね~パパ全然わからないから、お店のお姉ちゃんに選んで貰ったの、それにおばあちゃんにも選んで貰った~」

 

 「良かったね~ミカちゃん」

 「正人さん良く覚えましたね~矢張りお父さんですね。感心しました」

 「分かっていたのですか?白状しますが、お店のひとに教えてもらい、丸暗記しました」

 「すごいですわ、私なんか真似できません。ママ失格です」

 「それは違いますよあきさん。ミカがママを好きでいるかどうかです。あきさんはこれだけミカに慕われて居るのですから合格ですよ。ミカだけではありません。僕も合格です」

 

 なにか断言する正人さんだけど、僕も合格て?どういうことだろう?と私は疑問もつのです。

 

 <続く>