⑳承前~妻との面会<写真・2019年11月京都の紅葉>

 <妻の介護はできない>する力がないことは娘だけではなく、私自身気持ちはあってもする力がないことは分かっています。理性的には限界であることは娘に言われるまでもなく私にもわかっているのです。

 でも、人間の感情は理屈で割り切れるものではありません。妻の傍に居てやりたい~その思いは消えることがないのです。

とはいえ妻への未練引きずりながら私は施設に入所する妻を見送るしかありませんでした。

 それからというものは冒頭にも書いたように施設に通い続けました。自分のお弁当を作って、妻の好きなプリンを買って妻の昼食の手助けしながら、私も弁当を食べつつ、そっとプリンを妻の口元にスープンで運んでやるのが日課でした。

 食事が終わると車椅子の妻の脚を持ち上げてマッサージするのです。それは歩けなくなった妻が伝い歩きでもいいから歩けるようにしたい。叶わぬまでもの私の願いからでした。

 そんな私達のために介護職員の人は私達だけで食事できるように、食堂から部屋を隔てた廊下にテーブルと椅子を並べて向かい合って食事できるようにしてくれたのです。

 私が自己流のリハビリしていると、廊下ですから職員が通りかかります。すると必ず私に会釈して通り過ぎていくのです。年配の介護師さんもいますが、若い娘さんの介護スタップだけではなく男性~入所したばかりと思える男性もいるのには驚きです。

 妻の介護に音をあげた娘や私達なのに、この人達が代わって看てくれている。

 若いスタップにいくら仕事とはいえ、少し不安が横切ります。でも、顔合わすたびに会釈するその礼儀正しさは、訓練の表れだと思うと不安感も脱ぎ去って、安心感が私を満たすのでした。

 

 天気の良い日私は施設の許可を得て車椅子を押して妻を散歩に連れ出します。

 今から一年ほど前です。

 施設の玄関の前には道路があってそれを渡ると、高層マンション群が立ち並んで、広い道路と並行して歩道が長く続いています。桜並木が歩道に沿って続いていて春になると、まさに桜並木素晴らしい華やかな歩道になるだろうと私に想像させます。でも今は秋~枯葉が舞い降りて歩道や道路に枯葉絨毯を敷き詰めているのです。

 車椅子を押しながら私は妻に話しかけます。

「この通りは桜通りなんだよ。来年春になったら、桜満開になったら絢爛豪華~桃色吹雪の桜の通りをお母さんの車椅子を押して歩くんだよ。素敵だろう?」

 胸の中が弾むような思いで私は妻に問う。すると妻は大きくうなずく。でも、それだけでは私はもの足りない。

「素敵だろう?」また、問い返す。

 「うん、素敵」口真似すように低い声で返事する妻。私は勢い込んで言葉を続けます。

 「僕が死んで、あんたが死んで生まれ変わったら、また結婚してくれる?」私は突拍子な言葉を車椅子の妻の頭に投げかけます。

 「うん、いいよ」声は低いけど、妻の素早い返事に私は驚きました。こんなはっきりした返事ができるなんて~なにか希望を感じて嬉しくなります。

 でも~それが私と妻の最後の会話になるとはその時、夢にもおもいませんでした。妻はますます脚が動かなくなり、私が帰る

ときエレベータに乗るとき見送る妻に私が手を振ると、手振り返していた妻が、手が上がらなくなってきたのです。

 でも、職員さんも気が付かないだろうけど、私が手を振ると、妻は上がらない手を上げようと手首をわずかに持ち上げるのを私は見て取ったのです。

 そしてコロナです。妻との面会はできなくなって~4か月です。その間に妻の症状どうなったのか?施設から送られてくるニュースの妻の写真が唯一私が妻を見ることができるものでした。

<お元気ですよ>その見出しを見てはほっとして、施設の知らせにありがたい思いいになったのです。

 

 「お待たせしました。○○さんご主人ですよ」

 妻との想いにふけっていた私に職員さんの声が掛かって、顔上げた私の前にビニールスクリーンを隔てて車椅子の妻の顔が目の前にありました。だけど少し焦点の合わない目にどきりとします。

「お母さんぼくだよ。アンタの主人、旦那だよ。分かる?」せかすように私はビニール越しに呼びかけます。

 すると、とたんに妻の顔がゆがんでベソかく表情に変わったのです。

 4か月ぶりです。嬉し泣きがかろうじて表情に出たと思いました。

私も泣きたい思い~<妻は私を忘れていなかった>それが感動となって私の胸を満たすのです。

「ありがとうございます。綺麗に散髪してもらって~」

職員さんい礼を言って、ビニールカーテンに顔つけて妻を見つめます。

「お母さん綺麗にしてもらって、若く見えるよ~」

私の言葉に返事ができないようです。言葉を忘れてしまったのでしようか?

でも、顔の表情が私の言葉に反応してゆがむのです。

感情は内に秘めているのです。でも、伝える手段を失ってきている~私の呼び掛けが伝わっていますように~

願い、想う私です。

でも、それはわずか10分の面会時間に遮られてしまったのです。<⑱追加>