⑬ 女装初め

 

 地図を頼りに来てみると、そこはマンションの立ち並ぶ住宅街なのです。なかに古いお寺があることをみるとJR新大阪の駅ができてから、周辺に林立したビルに並んで建ったマンションだと思います。

 しかし私の目指すサークルは番地ではこのあたりにある筈なのに見当たらないのです。

 仕方なく来た道を戻って大通りの四つ角にあるタバコ屋さんの公衆電話から電話をかけました。

 「はい、サークルです」澄んだ声は女性の声なのです。

 なにか不審な気がします。女装の交流サークルでメイクもしてくれるということで訪ねてみる気になった私です。お店に女性がいるなんて?女装のお店なのに女の人がいるなんて思いもしません。

 場所を聞くと矢張り行った先は間違っていませんでした。お寺の前で居てください。返事にまた戻ってお寺の前でたたずみます。

 斜迎えのマンションをぼんやり眺めていると1階の扉が開いて中から女性が出てきました。

 「あきさんですね!ここですよ~」

 手を振る女性の声が掛かって電話の主だとわかりました。

 それが普通のマンションなのでびっくりです。想像していたお店の様子がまるで違うのですから~

 だが玄関に入ってすぐ納得できました。マンションの土間ですから狭いのもあるけど、いっぱいの靴~くつです。男の靴にまじってハイヒール、パンプスが所狭しと靴箱からはみ出ているのです。

 私も女性の後について低い踵のパンプスを脱いで低い上がりまちの廊下を進みます。

 左側の摺りガラスの戸から男の声が漏れてきます。

 「ここが談話室なの。女装子さんが男の人と交流する場所なの」

 「はあ?」説明に勝手が違う思いになります。<私はこのサークルが女性にしてくれる。着替えができて、メイクをしてくれると思って来たのに、どうして男性と交流するの?>内心不審な思いがあるのですが、後で聞いてみることにして、頷き返します。

 少し進んで右側の扉が開けられます。「

「ここがメイク室とロッカー室です」振り返った女性は私を部屋に導きます。

10畳ほどの部屋いっぱいにロッカーが並んで、ロッカーの前で男性がロッカーの扉を開けて、スリップを着こんでいるのに息のみました。滑らかなナイロン地の白いスリップの下から突き出ている膨らみの先には、乳首が透けて見えるのがすごくセクシーです。

 男性は顔はメイクしていないので男顔ですが、首下は女性スタイルです。スリップの裾からはソックスの艶の脚が見えてそのアンバランスがドキッとさせる色気を醸し出しているのです。

 「あきさんこちらがメイク室です。皆さん初めて来られたあきさんです」

 続きの隣の部屋は鏡台のあるテーブルが三面並び、二人の女装子さんがメイクしていたのを私に顔を向けて笑顔を向けて

「今日は恵美です。よろしく」「初めましてアイです。よろしく」声かけられて私は慌てふためきます。どう見ても女性としか見えない美人の女装子さんです。この人たちの仲間入りするの?女への渇望に満ち溢れていた気持ちが急にしぼんでいきます。

 挨拶はしたけど、キャリー引っ張って背広姿の60の爺さんが女性に?この女装子さん達は私よりはるかに若いのです。自分がここの部屋の環境にまるでそぐわないのに気づきました。

 「あきさんメイクの前に着替えしてください。着替えたらこのロッカーに着替え入れてもらったらいいからね。女の子になったら鏡台に座ってメイクしますから」

 言われて頷くと大急ぎで背広とワイシャツを脱ぎ捨てます。<早く女姿にならないと~>焦りが私を駆り立てます。どんくさい?と言われそうな私の姿から早く逃げ出したいおもいだったのです。

 それは早い着替えでした。下着はすでにホテルで着替えて、小さなショーツ、ブラジャースリップと下に着て下着女装の姿で来たのは我ながら用周到です。

 キャリーを開けて中からウイッグ、ガードルとソックス、桃色生地に花柄、鳥柄、鯉柄とにぎやかなイラストが薄赤で染めこんだワンピースなど取り出して、急いで着たり、履いたりと忙しく着替えして、帽子のようにウイッグを被り最後はパンプスのヒールの低い靴を玄関に持って行って、これで女性は一応完成。後はメイクだけです。

 普通はこれだけ素早くできるものではありませんが、普段から2階で妻に内緒の下着女装の着付けしていたことが生きているのです。

 取りあえずの女装姿で何かわくわくするものを持ちながら、メイク室のテーブルに据え付けられた大きい鏡の前に座りました。

期待とは裏腹~鏡に映る女装姿の私の顔はウイッグを被っているとはいえ、家での女装した時と同じ、矢張りおっさん顔です。

 78歳、まだこの歳でこの程度ならましと思わないと~自分を慰めます。それだけにメイクをしてもらったらどう変化するのか?

隣の鏡の前で自分でメイクしている女装さんを横目で見ながら、自分で置き換えて思います。でもそれは無理~と気づきます。

だって78歳の私に比べてはるかに若い女装さんです。肌はぬめるように光っているのです。メイクなどすることないのでは?

そんなことさえ思います。

 「あきさんお待ちどうさん。横向きに座ってくれます」スタップの女性の声~

 耳元で言われて鏡に横向きに座りなおしました。鏡に向かってメイクするものと思い込んでいたので、不審に思います。

 そしたらです~スタップの女性私の前に椅子を据えて腰かけると、私の膝に膝つけて座るのです。目のまえ私の視線の先に女性の膨らんだ胸元大きな乳房があることを示す胸元の谷間が深く広がっているのです。

 もう目のやり場に困りました。真っ白な肌が露わです。手首ほどの近さでブラウス越しに乳首も見え見えで目の前で揺れているのですから。いくら女装しても根は男です。見まいとしても視線がいきます。

「あきさん頭上げて~」言われて慌てて顔上げると、いきなり頭のウイッグを剥ぎ取られました。代わりにかぶせられたのを鏡で見ると女性のパンストです。ただ脚の部分は切り取られて腰の部分だけを切り取り口を結んでキャップにしてかぶせらえています。<なるほど~ウイッグを止めるにはこうすればいいんんだ>さっそく勉強です。

 次はコットンでローションで顔をふきとり、下地を塗り、ファンデーションで顔をはたき、眉毛を筆とペンシルで形をつけ、睫毛の生え際をマスカラでなぞり、アイシャドウ、チーク、リップ~などつぎつぎと化粧箱から取り出されていくメイクのありかたに、ただなすがままです。

 それに唇には赤いリップを塗るものと思っていたのが違うのです。筆に口紅つけて唇に塗るのです。そのほうが形よく唇をかけるのだと後で知りました。

 メイクてこれだけの手間をかけるものなのか?初めて知りました。私の我流のメイクは、下地を塗ってフアンデ―ションをパッパッと塗って、口紅を唇になぞるように塗って、眉毛は筆は使えないのでペンシルで白い眉毛を隠すように引くだけ。

 これで女装したつもりでいたのですから、もう、恥ずかしくなります。

 「つけまつげつけます?」聞かれて、イメージわかないけど頷きます。何か若い女性がするみたいで78歳の私がしたらどんな顔になるのか?空恐ろしくなるのですけど~

 「ちょっと待っていてね。つけまつげ取ってくるから」

 女性が立ち上がって離れたのを幸いに勿論鏡見たのです。

 ええ~思わず声が出ました。頭はまだパンスト被っているけど、顔~女性です。おっさんではありません。小顔の女性が鏡に映っているではありませんか?

 ええ~声上げる私に、隣でメイクしていた女装さんがクスクス笑います。

「初めてメイクしてもらった女装子さんは、りエさんのメイクにみんな驚いたり喜んだりするのよ。でも貴女綺麗よ。」

「ありがとうございます。メイクて凄いですね。あの女の人リエさんというのですか?」

「リエさんは女性じやないわよ。ニューハーフ」

ニューハーフ?知っていたけど会ったのは初めてです。

「でも胸の谷間本物でしたよ?それに脚は女のように細くて長いスタイルがいいです」

「そら二ユーハーフだもの手術でお乳作っているのだから。見たかったら頼んでご覧~お乳見せてくれるから」

あはは~女装さんに笑われました。

「でも確かにリエさんは脚が綺麗~私なんか男の太ももでしょう。いくらメイクでごまかしても歩いたらばればれよ~」

「いやいやお姉さんは綺麗ですよ。大柄だけど若くて、女性に見えますよ」

「ありがとう。でもこれでも所帯持ち。嫁さんも子供もいるのよ」

云いながら身振りは女性なのです。声も女性の高い声なのですから。私もこんなになれるのだろうか?自信なくなります。

「あきさん、こちら向いて~」夢中になってしゃべっていて、リエさんが前に座ったのも気が付きません。

「目つぶって~つけまつげつけるからね」

云われて初めてのつけまつげです。瞼につけられるのが怖い感じで、身動きもしないで目を瞑ります。

つけたりはがしたり~結構、つけまつげて~つけるのは面倒みたい。

 そして最後はウイッグ私は帽子の感覚で前から被っていたのですが、ちがうのです。後ろから引き上げるように前にかぶせるのです。ホント確かに頭に綺麗に密着する感覚です。

 ウイッグの髪をピンで留めると「はいできましたよ。あきさん鏡見て~」

 リエさんが私の膝をポンとたたきます。

 待ちかねていました。椅子を回転させて鏡を見ました。

 「これ私?ほんとに私?」思わず声上げていました。信じられません。大きな目をした美人の女の人が鏡に映っています。

私であるに違いないのです。でも素顔とはまるで違う女性が鏡でいるのですから信じられないのです。つけまつげつけるとこんなに大きい目になるのか?と改めてびっくりです。

 「貴女綺麗じゃないの」隣の女装さんがびっくりしたように言うと、リエさんも「ほんとあきさん美人よ」相槌うつのに、もう舞い上がってしまいました。

 女になるとは、こうゆうことなんだ~自分に向かって言い聞かせました。長年の眠っていた想いが今実現したのだ~

 このとき私は78歳~遅まきもおそまきの女装開眼です。だがこの瞬間から私は90歳の今になるまで女装に憑りつかれる運命を担うことになったのです。<続く>