(写真)2020年5月コロナ解除でお店開店にビデオで応援廻り~

 

⑧ 語られた真実

 「おお、おばあ様この方が、四〇年昔ここの板前頭されてた方の息子さんどす」

 仲居は老婆に告げると私に向き合う。

 「おお、おばさまはもうお歳どすさかい、耳が遠いのでそのつもりで話しておくれやす。さあ、どうぞお上がりやす」

 玄関の板の間に上がると仲居は私の靴を揃えるとそそくさと出ていく。

 「初めまして~」私は老婆の前に立つと頭を下げ自己紹介をする。見下ろすと老婆は私の胸位しかない。見上げる顔に笑みが広がる。

 「ああ、懐かしおす。米さんの息子さんどすか?子供がまたできる、今度こそ男の子や~言っておいでやしたのに~亡くなってしもてな~働き盛りだっのに~」

 下から頷いて見せる、おお、おばあさ様。見下ろすと、しわの多さに相当なお歳だと思う。

 「はい、父が亡くなってから私が生まれました。でも、父の顔は知らなくても、父のことを知りたいと思いまして働いていたこちらの料亭なら父のことご存じの方おいでかと?無理な想いかと思いながらも寄せていただきました。しかしありがたいことです。もう40年も昔のことだというのに存命の方がおいでで父のことを知っておられるとは~」

 思わずおお、おば様の節々の浮き出た手をにぎって拝むしぐさをしていた。考えてみると奇跡としか思えない。ここへ来たのは聞き伝えに父のことを知っている人がいないか?淡い期待でしかなかったからだ。

 「ほんとにうちも長生きして良かった~米さんに息子さんができていたなんて~」

 後の言葉は口の中でもごもごして聞こえなかった。でも、頷くしぐさから喜んでくれているのは分かる。

 「そやそや、こんなところで立ち話しもなにやし~さあ、お入りやす」

 おお、おば様は私の手を握ったまま奥の間に入る。

二間つくりの部屋の奥の間は茶室を思わす意気な部屋になっていた。堀こたつがあって、綺麗な漆塗りの座卓。開けられた障子に続く廊下の窓ガラスを通して植木を縫って石畳がくねった先に建物が見えるのは、つくりから見て料亭の建物でなく母屋だろうと推察する。

 おお、おばあ様は座卓に手をつくと<よいしょ~>声だして盛り上がった座布団の上に腰を下す。

 「あんたはんもお座りやす」うながされて私も座卓を挟んで座る。改めて要件を伝えようとするが、おお、おばあ様が座卓にあるお盆から急須を取り、湯飲みに茶こしからお湯を注ぐ姿を見て言葉を止めた。

 「ほんとはお手前の接待せなあかんのどすけどな、もう歳で手首が動かんようになってな茶筅が使えんのどす。、それでせめてお茶わんだけでもとお手前の入れ物つかいましたんや。堪忍しておくれやす。」

 「いえいえ私のほうこそいきなり押しかけてご迷惑かけて申し訳ないです。そう云えばさっきから綺麗な湯飲みと思っていました」

 「薩摩焼どす。菊牡丹の絵付けでうちのお気に入りなんどすえ」

 おお、おばば様は答えながら、ホホ~と口をすぼめて笑う。

 「値打ちものだと一目みて分かります」

 「でもあんたはんも綺麗どすがな~」

 突然話題を自分に振り向けられて私は驚いた。おおおばあ様の言葉の意味が理解できない。男の私に綺麗という言われるおお、おばば様の言葉の意図がなになのか?私には答える言葉が出てこないのである。すると、おお、おばばはまたホホ~と笑う。

 「あんたのおとうはんはな、若い時から板前見習いとして入ってきやはったときから、ええ体格で太っていた。眼鏡かけてな~でも、頭がええもんやから板前頭までならはった~あてが若女将のときにな。そのおとうはんに比べてあんたはんは細うて背が高くてまるでおなごはんみたいにスタイルもええし~役者はんみたいに男前や~おとうはんに似んとお母はんに似たんやな。お母はんはべっぴんやさかい」

 おお、おばあ様の言葉のその最後の言葉に私は息をのんだ。

 「母のことご存じなのですか?」

 「ご存じも何も~」おお、おばばは小さく笑う。

 「ここで働いていましたのえ」その答えに、一気に私のなかの疑問が解けるのを知った。

 「じゃ~ここで父と母は知り合って~夫婦に?それで母はいつ頃?どうしてこちらのお世話になったのでしょうか?」

 「わてとこの常連さんで宗教関係の偉い人がいてな、お母はん連れて来やはって雇ってくれと~まだ14,5歳位やったかな

あてとこで雇いましたんや。まあ、子供どすから流しでの下働きしかできまへんでしけど、賢い娘<子>でな、気転が聞くし、それでうちの旦那はんも気にってな17のとき仲居にしたのどす。」

 「それで私の父と~」

 「それですね~後でわかったのやけど、おかあはんが仲居になったときにな、もう、あんたのおとうはんとできとたっというわけ~。それでもおかあはんが成人になってから一諸になりたいと、二人がわてのとこに来て結婚の許しを~言ってきたのやけどな、わては反対しましたのや」

 おお、おばあさ様はそこまで語ると、薩摩焼の湯飲みで茶を静かにすする。

<若い板前見習い、そして下働きでの水仕事をする可愛い娘。どちらも親を亡くし~父は母親との二人暮らしの一人っ子、母は父から引き離されての一人っ子~同じ仕事場で慰めあい、助け合うなかで互いに心惹かれあい夫婦になる誓いを交わしたのだろうか?>思いに憑りつかれた私だったが、ふと、気づいたことがあった。

「それでおお、おばあ様は二人の結婚になぜ反対されたのです?二人がまだ若かったからですか?」

私の問いにおお、おばあ様はまたホホと笑う。

「わてはそんな無粋じゃありませんえ~これでも料亭の娘として、お稽古ごと」もしましたけどな、お稽古より本が好きな文学少女だったのですえ。もの分かりええのですえ~」

笑った後おお、ばさまは少し深刻そうな表情を見せる。

「二人とも家柄は申し分なし~米さん、おとうはんは前田利家の2代目に分家した家柄の家系ですしな、あんたはんのおかあはんは和歌山の大地主の家の娘ですがな~いうことはおまへん。でも、結婚できませんのどす」

「なぜですか?」問い返したが私にはもう答えは分かっていた。

「それが可哀そうに二人とも長男、長女の一人息子、一人娘で結婚しても籍入れることできへんのどす。子供できても庶子の扱いしかでけへんから生まれた子供が可哀そうどすものな。一緒になっても苦労するだけですものな~」

「それでも二人は一緒になると聞かなかった~」私の疑問がだんだんと解けていく~そんな思いがしてくる。そう、答えが私には分かってきたのである。

「私が言い聞かせても二人ともがんと聞く耳もちまへんのや。私の言葉に素直に聞く二人やのにな~それでおかしいと思って問い詰めたら、もう、お母はんのお腹にやや子が宿っていることを白状しましたんや。そうなると仕方おまへんわな~」

 おお、おば様の話で父と母の接点がわかってきた私はそんな思いがする。

 矢張りここに訪ねてきて良かった~しみじみ思う。

もう聞くことは終わったと思った。長年抱きつけていた疑問が解けたのである。私は暇を告げることにした。おお、おばあ様はここの料亭名物の朝がゆでもと勧めてくれたが、お歳での長話にお疲れだろうと断って帰ることにしたのだ。

「ああ、ええ跡取りになる男さんができたというのに~米さんが生きていたらどんなに嬉しかったことか~」

 私を送り出す背中に向かっておお、おばあ様の声に振り替えると、その目が潤んでいるのに気が付いた私は、胸が塞がる思いがこみあげた。

 私は挨拶もそこそこに料亭を後にしたのである。

 それというのは、まだ調査は残っているののである。解けていない疑問を解かねばならないのだ。

 私の出生の秘密である。<私は一体誰の子供なのだ?>答えはまだでていないのである。<続く>6月へ