9月25日(土曜日) 曇り 夜に一時、雨 ロンドン
遅く目覚める。9時半に階下で朝食。すぐに外出して、ホテルの横の通りにある小売り店で、市内の劇場ガイド1冊を買う。ホテルのフロントへ戻り、劇場チケットの購入の可否を訊ねる。
辻教授に紹介された若者が働いていて、あれこれアドバイスしてくれる。彼は午後、俳優学校に通っている。僕は、じつは劇場通いのプランを立てていなかったが、さすがに演劇の本場で、昨夜の『オセロ』で観劇熱が
再燃したらしい。が、滞在期間は1週間余り、どの劇場も軒並みチケットが取れない。僅かに明晩のロイヤル・アルバート・ホールのコンサートの席を、フロントで1枚確保。ほかは当日、現地の窓口へ行って当たって欲しい、と教えられた。若者の親切を謝し、208号室へ戻る。……
先ほど外出した折り、ホテルの横の通りに「コインランドリー」なるものの、小さな無人の店舗があるのを発見。これは便利で、これまで僕は東京でも、欧州各地でも、また船中でも、その存在を知らなかった。ホテルクリーニングより格安で、安泊まりの若い長期の旅行者には、願っても無い「洗浄地」である!
早速、ボストンバッグに洗濯物を詰め込み、無人店舗へ行く。洗濯機が廻りだし、仕上がるまでに約1時間半を要する。その間、近くの小さなレストランに入り、昼食代わりのパスタとスープを注文。この店は旅行者が多いらしく、それに合わせたメニューも手軽で、客が長居をしても、店員が親切である。時計を見て、店を出た。ランドリーの洗濯機が停止し、シャツやズボンが、みごとに気持ち良く乾燥していた。……
自室に帰り、体操してシャワーを浴び、しばらく仮眠。気が付くと、午後の4時近くになっていた。
夕刻、また外出。地下鉄に乗り、テムズ河南岸のウォータールー駅まで行き、付近のオールドヴィック・シアターのチケット・オフィスを訪ねる。劇場は一戸建ての、黒ずんだ石造り。あいにく今夜の当日売りは1枚も無く、3日後は余裕があるから少し前に来て欲しい、と言われる。近隣にある前衛演劇のヤングヴィック・シアターの2日後の席があったので、それを買った。
劇場前の通りでタクシーを拾い、北岸ウエスト・エンドのレスター・スクウェアで下車。ケンブリッジ・シアターへ行くと、幸いにも今夜の公演『ハムレット』のチケットが、僅か1枚残っていた。貴重な1枚!
開場まで時間があり、近くのピカデリー・サーカスまで歩き、広場周辺のパブに入って夕食。又もや当地名物の「フィッシュ&チップス」を食す。平凡だが飽きないメニューで、満腹感がある。
ケンブリッジ・シアターは、特異な三角地帯にある中劇場だ。繁華街の奥の細い2本の道路が交差する、その狭い三角地点に建つ、珍しい逆三角形の劇場である。付近には、大小の劇場が散在している。
入場すると、天井や床や客席まで、すべて赤のトーン。場内装飾は、戦前調で暗い。廊下の一隅に、なぜかエチオピア皇帝ハイレ・セラシエの像があった。ロビーでは、プログラムやアイスクリームや飲み物を販売。当夜は、中年クラスの市民で満員の盛況。夜7時15分開演、11時15分終演で、休憩が2回あった。
Di r e c t e d by Robert Chetwyh
Hamlet l an M ckellen
この劇場では、シェイクスピア劇の上演は少ないようだ。が、人気俳優が出演すると、シェイクスピア劇が登場する。今回もそうで、lan Mchellen のハムレットが話題を呼んでいるのだ。
日本で上演される戦後の『ハムレット』は、演出も演技も、近代的に洗練されたスマートなものになったが、この夜の『ハムレット』の演出は大(おお)時代で、衣装などオールド・ファッション。にも係わらず、装置が現代式で、舞台の背後の全面に鏡をめぐらせ、主演者の容姿を鮮やかに拡大する。各役の動きや仕草、セリフの朗唱はオオバーで古臭いが、それが客席を悦ばせ、楽しませて受けている。母后ガートルードの女優の演技などは、いささか安っぽいと思った。
が、お目当ては、若々しい活気と迫力に充ちたハムレットで、小柄だが、どこか声が中山仁と似ていて、やるせなく甘く、細部は巧くないが、全体に激しくリアルに演じた。ことに「試合の場」などは、息を呑むほと激烈だった。観客は、このスタアのハムレットを歓迎している。
カーテンコールが数回。僕は、歌舞伎的に言えば「これは小芝居臭いハムレットだったな」と思った。……
小雨に濡れながら、地下鉄でホテルに帰った。12時半になっていた。
◎写真は オールドヴィツク・シアターの全景 (亡母遺品の絵葉書)
