8月14日(土曜日) 晴れ グラナダ
朝9時、遅めに起床。昨夜は2時頃まで、1階の客室から子供の泣き声が聴こえ、なかなか寝付かれず。
9時半、遅めの朝食。パンが焼いてあるのは、いい。コーヒーを飲みながら、レニングラード在住の中島副領事が機内で呟いた言葉を、ふと思い出した。「スペインは大航海時代から約1世紀半、世界の覇権を1度は握った国てすから、今日停滞していても、どこかが違う。国民が誇りを持っていますよ」と。……
午前中は休息。午後は、再びアルハンブラへ向かう。ヌエバ広場からゴメレス坂を登り、「柘榴の門」から域内へ。ナスル宮殿に入ると、土曜日なのに、今日も何故か見物客が少ない。夏のイタリア各地では、とても考えられないことだ。観光地としてのポピュラリティーが違うのか。お陰で、心穏やかに観て廻った。
アルハンブラは、何度観てもいい! ナスル宮殿の主要な場所は、さまざまな伝説やロマンスに彩られているが、それを知らずに唯、塔や池水や流れ、柱廊や噴泉、草花や飛ぶ鳥の姿を眺める、それだけでも至福の時間だ。この宮殿は、多くの人びとを潤して「癒す」のである。そんな宮殿が、他に有るだろうか。
とりわけて、ライオン宮の奥の「ライオンの中庭」は、アルハンブラの真珠である。そこに暫し居るだけで、今日も僕は陶酔し、かつ酩酊した。人間として最高の「エクスタシー」が、ここに在る! 『アルハンブラ物語』の作者アーヴィングも、「幻想がわいてくる場所」「何かにつけて最も足繁く通う場所」と記している。
この中庭は、その四辺が柱廊で囲まれ、しなやかで華奢な細身の柱が、若い林がそよぐように並ぶ。
4つの柱廊の廊下には、それぞれの中央に小さな水盤があり、シェラ・ネバダからの雪解け水が溢れる。水盤の上部の高い天窓には星空が覗き、水盤の水に星影が映る。廊下の1部が開放され、シェラ・ネバダからの風が入り、山並みが借景になっている、と思った。
4つの水盤から溢れる水は、4つの細い流水となって、陽光が射し込む中庭の白大理石の上を流れ、中庭の中央に盤踞する「獅子の噴水」に流れ落ち、一転して、蒼空に水しぶきを吹き上げている。
ここには、小宇宙が循環するような律動感があり、大小の水音が微妙な旋律を生んで、庭園それ自体が優しい音楽にも等しいものになる。瞑想と思索と官能との、妙なる三位一体の境界が在る。……
この日、僕はカメラから解放されたくて、敢えて持参しなかった。そのため、小さなノートに、この「ライオンの中庭」の略図を書き取った。この作業で、アルハンブラが、より身近なものになった気がした。
見物を終えて、ゴメレス坂を下り、旧市街を小時間、あちこち逍遥した。この国らしく、家具店に置かれた家具類が重く立派で、古風な格調がある。陶器の店にある珈琲茶碗のたぐいも、凝っていて美しい。アラブとの長い混血の歴史があったせいか、美的な感受性に、特異な屈折した分子があるのではないか。……そこに現代的な意識があるか、否かは解らない。人びとが、現在の停滞的な社会状況を、どう考えているかも解らない。しかし、人びとは今も、直進する生理の激しさのような何かを秘めている! グレコやゴヤを、ロルカやピカソを生みながら、今も古い「近世」が息づくスペインである。なお、不可測なものが残されている。……
午後4時、いつもの「ヴィクトリア」のバルに寄って、レモネードを飲む。ウィンドウに並ぶタパスの中に、「ポストレ」という菓子が目についたので、それも注文。日本のカステラに酷似するが、あっさりした甘さで、下層に皮や砂糖は無い。わが南蛮時代に渡来したのは、これかな?と思った。ウィンドウの向こうに、店の若い女性2人が立っているので、カステラについてカタコトで話すと、どちらも目を丸くして笑った。……
ホテル「カサブランカ」に戻り、シャワーを浴びた後、休息。
夜7時半、グラナダ最後の夕食を、また「ヴィクトリア」のバルで。すっかり顔馴染みの"いつもの日本人"が来たので、店員たちは愛想がいい。昼食を抜いたため、多めに注文。トマトと野菜の冷製スープ「ガスパチョ」。レタスとオリーブなどのシンプルなグリーン・サラダ「エンサラダ・ベルデ」。肉だんごのトマトソース煮込み「アルボンディガス」。ブラックコーヒーに温めたミルクを入れた「カフェ・コン・レチエ」。合わせて4品で、満腹。しかもレストランとも違い、安価なのに感謝して、店を後にした。……
グラナダの夜は遅い。まだ街中は、ざわめいていた。9時、ホテルの自室に戻る。明朝に去る荷造りをし、早めに就寝。アルハンブラにも、夜のとばりが下りたのだろうか。……
ささやきの声にも似たり噴泉のアルハンブラの夜の営み
◎写真は アルハンブラ宮殿の「ライオンの中庭」の夜(2018年4月の再訪時に撮る)
アルハンブラ宮殿の「ライオンの中庭」の「獅子の噴水」(同上)
アルハンブラ宮殿の「ライオンの中庭」の柱廊(同上)
アルハンブラ宮殿の「ライオンの中庭」の水盤(同上)



