Ivoware

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ソテツに精子ありき

Amebaでブログを始めよう!
一年半振りにこのブログを読み返している。
そして私はまた、ブログを続けることができなかったことを痛感する。
言葉を綴ることは好きであるし、また飽きやすい性分でもないのであるが、やはり続かない。

この一年半の間に結婚し、一緒に住み始め、結婚式もあげた。
大きな変化だったはずなのだけれど、心境の変化は思ったほどない。
ただそこに過ぎ去った時間だけがあった。きっと大切なものになるのだろう。

20代最後の一年がはじまった。
スワローズの勝敗に一喜一憂している場合ではないのはわかっている。

そもそも、今日の蒔け方があまりにも酷かったので、
気持ちを紛らすためにブックマークを漁ってここに辿り着いたのだけれども。

2013年も終わりが見えてきたので残りの日にすることを決めてスピードをあげる。

写真のCD化については色々調べたけれどもこれまでお願いしていた所にお願いしようと思う。
次回の現像が上がるころにスキャンする。スキャナーはまたの機会に購入する。

何度目かの副業を始めることにする。これについては別にまとめるけれど、方法論などについてももう一度調べてみる。目標は30万円。実はすでにNAVERで3000円くらい手に入れることができた。
その30万円は新たに投資することとする。

やっと東京で身の丈にあった値段の豆を売っている喫茶店を見つけたので、通ってみようと思う。

そもそも年をあけたら引っ越しがまっているのだった。家探しもしなければいけない。

自分のための箇条書きのような話だけれど、こうして書き留めて、スポードをあげることを私は心に決めるのです。
今更ながらGRAPEVINEの
愚かな者の語ることを購入。
かれこれ7年ぐらいGRAPEVINEばかり聞いているにも関わらず、
4月に出た新譜を知らないまま今に今に至り、初回限定版を少し高値で買うはめになった。

全曲好きになれそうというわけではないか、最初の2曲を気に入った。
最初の曲は無心の歌というタイトルでどうゆう想いが込められているのか、
ということまではまだ聞けていないのだけれど。

そういえば前作MISOGI.epは全て良かった。ONIからのSATORI、そしてANATAという流れが素晴らしい。

無心とはなんだろう。心を無くすということなのではなくもう少し前を向く気持ちなのだろうか。
無心になることはこれまでの経験や知識からくる直感だけで生きて行くことなのだろうか。

5年も前なんかは何を為すべきかなんてことをよく考えていたが今はただ流れるように生きている。
それが良いのか悪いのか判断することはできないけれども、昔はそういうことを否定していた。
いつまでもこうしているわけにはいかないのだけれど、時間だけが過ぎていくのだった。
伊勢丹カードを作りました。これで伊勢丹でのお買い物はこれから5%割引になるわけです。
母親と合算で年間20万を超えれば7%、50万を超えれば8%の割引となるわけです。

調子に乗って早速マルジェラのデニムを買ってしまいました。
以前もマルジェラのデニムをはいていたのですがボロボロのボロボロになってしまったため
買い替えたいと思っていたのです。
デニムはずっと探していて結局5年前にマルジェラに行き着き、色々探しても今回もそうなるだろうということで珍しく即決。
夏にもチノパンを買ったのだが、これもまた身体にしっくりくるのです。
大抵海外のブランドのパンツは腰があまったり、お尻があまったりと外国人体系に合わせて作られているのでこれまで買ったものはどうもしっくりこず、パンツと女性は日本のものに限るのかと思っていたのですが、マルジェラはなぜか他のものとは違ったのです。


ちなみに新潟編はその後おもしろい事も無かったので、気が向いたらまた書きます。
お屋敷の村を抜けると国道と田んぼが広がっていた。
国道はつまらないが道らしい道もないので駅へ向かって歩き始めた。
しばらく歩くと車が側によってきた。60歳ぐらいの老人が駅まで乗せてってやろうか、と。
写真を撮って歩いているので悩んだが、何も無さそうだったので駅まで乗せてもらうことにした。

話をきくと、といっても訛りが激しく半分くらいは何を言っているのかわからなかったのだけれど、
船の職人をやっていた方のようで、60歳くらいに見えたがその歳は84歳ということだった。
無論、84歳の運転する車に乗ってしまった不安が頭の半分以上を覆った。

老人は造船の修行のため、秋田や根室、岩手、福島、鹿島、千葉、横浜などを転々としていたそうだ。特に根室では満州で有名な人の弟子になったと嬉しそうに話していた。

駅について、老人に挨拶をして新潟駅に向かう事を決めた。
扇屋旅館の中のオシャレなカフェで電車をまった。のんびりしたよいカフェだ。
そして新潟に向かい、予約した東横インで眠りについた。

張り切って1日目を書くのに時間がかかってしまったが、旅はほとんど1日目とこれから記する2日目が占めている。

瀬波温泉汐見荘の11階で目を覚まし、朝風呂に行く。温泉に行くと多くの人がそうするように必ずず行く。瀬波温泉はそもそも夕日が海に落ちてゆく露天風呂が名物であり、どの旅館もその部分は心得てそのように作っている。
朝は当然だが順光だったが、夕日が落ちる瞬間よりもこの光の方がずっと綺麗であった。

ホテルを出て海沿いを港へ向かう。5キロも歩けば小さな港につく。どんより曇っていた昨日は新潟はヨーロッパのようだと評したがその日はそんなこともなくただ穏やかな日差しを楽しむことができた。当然写真は捗る。

市場へ向かう車椅子の青年をつれた観光客であろう家族、神奈川県産の魚、廃墟となってしまったホテル、いかした船、シャッターを切りながら歩く。

岩船港についたのは12時過ぎ頃だった。漁師の食堂なる店で昼食をとる。魚はもちろんのこと白飯がやはり格別である。おそらくこのお店だけは岩船でとれたものだけを食することのできるお店だったろう。とれるはずもないマグロなんか出さないで欲しいといつも思う。

岩船からは粟島という人口400人ほどの島に船が出ている。少し興味がったが15時が最終で帰ってこれなくなるので断念。存在すら知らなかった島がまだあって、しかも船で行くことができるという事実に驚いた。

港も見終わったので、村上駅を目指して歩き始める。国道沿いを歩いてもつまらないので、
敢えて住宅地を入ったりしてみる。
この岩船は古いお屋敷が多い。米か、造船かわからないが田舎だからという理由で済まされない豪邸が並んでいる。木造で由緒がある。ところどころ蔵のようなものも見受けられる。
観光地化されていない景観が心を震わせる。観光ブックには決して載らないし、載せても誰もこないだろうが、そこは今回の旅でどこよりも良い風景が目に飛び込んできた。


山を下ったふもとにおばあちゃんと子供に声をかけられた。どんぐりの木を教えて欲しい、しかしながらどんぐりが何の木なのか知らず、わからないと返しました。今もなおどんぐりが何かを知らないのであります。そういえばそれくらいの子供の時分どんぐりを良く幼稚園で拾って持って帰った。3つ持って帰り、家族全員分ないねん、と母に言うと、食べられへんで、と教えてもらったのをなぜか忘れられない。

陽も暮れていたのでバスに乗って駅に戻り預けていた荷物を取り出して夕食のお店に向かう。
新多久は何年か前に火事になったようで新しく建て替えたようで今風の作りになっていた。若女将さんが出迎えてくれてカウンター席に案内してくれた。
カウンター越しに作業している若旦那に村上牛コースを注文する。

まずは〆サバのお寿司と大根。サバは美味しい。

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次はお造り。
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炊き合わせ。これが薄味で美味しい。
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そしてメインの村上牛。予想通りイチボとのことだった。
ソースも何種類かあったけれども塩が美味しかったのでほとんどそのまま食べた。
村上牛はイチボでもかなり脂身が多く、サーロインなんかとてもじゃないけど食べられないだろう。
一緒にお汁と新米のコシヒカリをお釜で炊いたものがでてきた。これまた絶品。お米が本当に美味しい。
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最後は写真を撮り忘れたけど酒粕アイス。



旦那は村上市の港、岩船の漁師から直接魚を買っているようでお造りはとても美味しかった。とある雑誌に新潟の魚は村上のものが一番と書いてあったが、その記事に恥じぬ美味しさである。
若女将は京都出身とのことで京都の話で盛り上がった。京都の真ん中から村上に嫁ぐというのはどうゆう経緯でどうゆう心持ちだったのだろう。

食事のあと、タクシーで瀬波温泉に向かった。見送ってくれた若女将になんどもありがとう、と言った。
汐見荘という有名なやどに一部屋空きがあったので、そこに宿を決め、日本対台湾の野球を見ながら眠りにおちた。瀬波温泉は海に面していてどのホテルもオーシャンビューを売りにしている。
露天風呂に入ったが夜はまっ暗闇で何も見えなかった。




昼食の写真をとっておりましたので、掲載します。
鮭の焼き付けは本当に美味しかった。
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昼食を済ませ三面川に向かう。写真を撮りにこうして出かける時は必ずその土地の川に向かうのが習慣となっている。土手から眺める風景が好きで以前秋田に行った際には土手を10km以上歩いたこともある。
関心するのはある程度の規模の土地には必ずといっていいほど川が流れていることでやはり川のそばには文明が生まれ町として発達するのだということである。

三面川に向かう途中に忘れないようにパンフレットに載っていた村上牛が美味しそうだった「新多久」を夕食に予約する。写真に載っていた牛の部位がおそらくイチボだったように見えたのも理由である。村上牛を扱うお店がどこもサーロインばかりしかなくうんざりしていたところに偶然目に入った写真に期待した。

三面川では運が良ければ鮭を捕っている所が見れるらしいのだがその日は見ることができなかった。空もどんより曇っていて写真も良いものがとれそうにない。土手を20分程歩いて町の方に戻ることにする。
ちょうど下校時間にかぶったようで、三脚とどでかいカメラを持っている姿をかなり怪しまれたのは言うまでもない。どこの土地にいってもこのような憂き目、といっても本人としてはあまり気にしていないのだが、に会う。
あいさつをしてくれるだけましなのかもしれない。

村上はお茶も栽培しているようで、お茶屋さんが点在している。九重園というお茶屋さんで抹茶とお菓子を食べて休憩をした。あまり好みではない。

休憩後は村上城跡へ向かうことにした。途中まよってしまい丁度通りかかったおじさんに村上城の場所を聞くと向かっている途中とのこと。案内をしてもらいがてら一緒に村上城を目指す。村上城は思っていた以上に小高い場所にあり、軽い山登りのようになっている。おじさんはその村上城跡の頂上まで登ることを日課にしているようで足取りも軽くすいすいと登って行く。
恥ずかしながら途中大丈夫かと気遣ってもらうような場面も一度や二度ではなかった。

頂上につくとおじさんはそのまま降りて行ってしまった。最後に写真を撮らせてくれないかと頼んだがまた会うかもしれんからといって断られた。写真はついぞ会わない人に撮るものなのだろうか。そう答えた時のおじさんの顔に柔らかい斜めの光があたっていて美しいと思った。この旅で一番撮りたかったシーンであった。


新潟一日目。
早朝に新幹線で新潟駅へ向かう。とりあえず目的としていた村上に向かうことにした。
新潟駅のホームには運良くきらきらうえつという一日一本の特別快速のような列車がとまっていて、
それに乗り込む。この列車はどうやら山形の酒田まで直通するようだ。
車内には食堂のような所があり、お弁当などを食べることができる。珈琲を注文してそこを自分の席とした。後ろでは鉄道ファンとおぼしき4人組が楽しそうに会話をしていた。

窓から眺める景色はどんよりと曇っていて、田園はどこまでも続いているようだった。
パリからベルギーへ向かうタリスという列車を思い出し、新潟はヨーロッパのようだと思った。

50分程で村上に到着し、駅に荷物を預け、観光案内所で地図を貰う。
観光地や食事どころは徒歩20分くらいのところに集まっているようで、
駅前で見るべき所は特にない。ただし駅前の石田旅館と扇屋旅館は気になる旅宿だ。
扇屋旅館は一階にカフェを併設していて少し気になったのだが、明日に回すことにして
カメラと三脚を取り出して歩き始める。

どんよりと曇っていたけれども写真は少し撮りながら歩いた。途中鮭が吊られている蔵などを
見て昼ご飯を食べることにした。
村上牛専門店か割烹か悩んだけれども、まずは名物の鮭を食べに能登新という割烹にいくことにした。

村上では鮭の全ての部分を食べるための料理があるのだそうで、
鮭食べ尽くしコースというものが8000円程で用意されていたが
元来ホルモンなどの内蔵などを食するのがあまり得意でないので、
季節のコースを注文した。

鮭の焼き付け、はらこ、お味噌汁、ご飯が美味しかった。
特に鮭の焼き付けは旬なことも相まって良い。焼き付けという味付けも
これまで食べた事が無く、新鮮であった。ご飯も新米ということでさすが米どころの新潟である。
ちなみにこの後もずっと新潟の白飯のうまさにうならされることになった。

それにしてもゴールデンタイムがおもしろい。
ここ1、2回でぐっと良くなったように思う。

今週金曜日から発つ予定の村上への情報は一切集められず。
鮭が有名なので旬に行けることは嬉しい。そのまま米沢でも回って帰ってこようかしら。
村上牛からの米沢牛。