太陽

おススメ度 → ★★★★★
(4.5ぐらい。派手なアクションやはっきりした起承転結を求める方にはおすすめしません。あと、昭和天皇のドキュメンタリー映画ではありません。史実が気になって仕方のない人も楽しめないかも。)

監督:A.ソクーロフ
出演:イッセー尾形 桃井かおり 佐野史郎 ・・・
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いわゆるミニシアター系というやつですが、とても面白かったです。
ストーリーやセリフなんかも構わず書くので、先入観なく見たい方はお読みにならないほうがいいかもしれません。

まず、ドキュメンタリー映画ではないので、「難しそう」とか「暗そう」とか拒否反応を示す必要はありません。(といっても、明るくて楽しくてしかたない映画ではありません。あと、私は史実にどのぐらいリンクしているのか、よくわかりません。勉強不足ですみません。)
どうしても、昭和天皇の映画、ということで政治思想的なものをイメージしがちかもしれませんが、それよりは芸術映画みたい。(といっても、監督の描き方は天皇にとても好意的なので、そういう安心感もあるのかもしれません。やっぱり、悪鬼みたいに描かれていたら、こんなふうには見られないだろうな。まあ、もしそうだったら日本では公開されないでしょうけどね。そのへんは、ヒトラーとは違うよね。)
幻想的なのだけど、妙なリアリティーもあって、不思議なかんじ。ユーモアもたっぷりで。
役者がものすごくいいし。

映画は、終戦直前から玉音放送までの昭和天皇を描いたもの。
昭和天皇に限らず、「天皇」というものは日本人にとっては大なり小なりとにもかくにも特別な存在ですね。
監督は昭和天皇個人を描き出そうとしているわけですが、それが本物の天皇とは違った「昭和天皇」で、フィクションの「昭和天皇」なのですが、それが逆にものすごくリアルなんです。

わかりにくくて恐縮ですが、少しずつ整理してみます。

まず、イッセー尾形は本当に似てるんです。真似をしている、というレベルではないですよ。
でも、私は昭和天皇に会ったこともないし、当然話をしたこともない。これまで昭和天皇が戦時中どんな生活をしていたのかも知らなかった。
だから本当は似てるのかどうかわからないのですが、でも画面に映っているのは「昭和天皇だ」と思える。
小さくてものすごく神経質で口とか指とかピクピクさせているかと思うと、大臣たちや米兵、マッカーサーの前でもまるで別の世界にいるような超然としたところもある。
それは、虚構の世界の天皇で、そこに監督の創り出した天皇がいるってことになる。もしかしたら本物もそうだったのかもしれないけれど、それとは全然関係ない。
とにかく、フィクションなんです。それがわかる。わかるけど、シラけない。

あの、紛らわしいですが、ここから私が書く「昭和天皇」は、映画の昭和天皇です。実際の昭和天皇がどうだったか、ということには関係がないです。

天皇は「現人神」とされていたわけですが、映画の昭和天皇は「私は人間です」というようなことを言っている。
それに、「(皇后と皇太子以外からは)誰からも愛されていない」なんて言うわけです。
なんといいますか、人間がいるんです。
最後も、「神」でなくなって嬉しそうに見えました。
その、マッカーサーがやってきて無条件降伏をするという決断は、当然国の運命を左右する決断なのですが、それがどこかとても個人的な決定に見えました。
戦争の真っ最中でもカニの研究をしていたり、つらつら歌を詠んでみたり、マッカーサーにも海洋研究の話を始めたり、ひとりだけ全然別の世界に生きている。それは、戦後東京は廃墟になってしまっているけれど、皇居だけがパラダイスみたいっていう米兵のセリフからわかるかな、と思います。

もちろん、国民のことを考えていないわけではない。
でも、なんだかとても軽い、というか軽やかというか、ともかく国民と同じレベルの人ではないのです。
話し方なんかもものすごく不自然で、「あ、そう」なんて、現実の世界からこう、ふわふわと浮いている。

それは、天皇が生まれつきそうだったわけではないですよね。そういう家に生まれたからそうなったんだろうな、と。
こんなふうに考えるってことは、天皇を人間として捉えているからなわけですが、昭和天皇についてそんなふうに思ったのは初めてでした。


天皇が地下深いシェルターで夢を見るシーンがあるのですが、その中で、魚みたいな飛行機が小魚の爆弾を落としていって、東京を火の海にしてしまう。
それはものすごく恐ろしい夢なのですが、ファンタジー映画のワンシーンみたいで、怖いのですが興味深いというか、とても不思議な夢なのです。

だから、題材はものすごくリアルで、日常レベルではリアル(らしき)なシーンも多々あるのですが、おとぎ話的な雰囲気があるというのかなぁ。
始まり方もそうですが、ラストシーンで、ハリーポッター的(チェコアニメ的かも?)霧の中に玉音放送が聞こえてくるのですが、その声が読経の声かサイレンみたいになんだかよくわからない「音」になってしまうのです。
それがとても印象的でしたよー。

さて、映画の中で昭和天皇が、「明治天皇が極光を見た」ということについて、学者に意見を求めるところがあります。
明治天皇のオーラっていうのがぼんやりとあるんですね。
天皇が背負っていたものって結局それだったのかも、とちょいと思いました。

はて、まとまらないままけっこう長くなってしまいました。
この監督は、ヒトラーやスターリンの映画も作っているらしいです。
ちょっと興味を持ちました。

あ、最後の最後。
俳優たちも素晴らしいです。マッカーサーも、アメリカ人ってこうだろうなってな感じがあって(笑)
アカデミー賞はとらないでしょうが、素晴らしいです。