今日は節分。どこかで豆まきのイベントが近辺でないか検索したら大宮八幡がヒットした。
東京のへその位置にあるらしい大宮八幡。
その歴史は古く鎮座950年記念の事業をされています。
「第70代・後冷泉天皇の天喜年中(1053~57)に、奥州に乱(前九年の役)が起き、この乱を鎮めよとの勅命をうけた鎮守府将軍・源頼義公の軍がこの大宮の地にさしかかると、大空には白雲が八条にたなびいて、あたかも源氏の白旗がひるがえるような光景となりました。源頼義公は、「これは八幡大神の御守護のしるしである」と喜ばれ、乱を鎮めた暁には必ずこの地に神社を構えることを誓って、武運を祈り出陣されました。そして奥州を平定して凱旋のおり、誓いの通り康平6年(1063)、京都の石清水八幡宮より御分霊をいただいて、ここに神社を建てました」というのが縁起なのだそえうです。
巫女さんが普段とは違う衣裳を身に纏って、のちのち拝殿で舞う浦安の舞の振りの復習をしていました。
「天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」
すごっく古いものと認識していたが、実はこの歌詞を作られたのは昭和天皇。昭和15年に神楽舞として作られたものらしい。
使用する楽器は、神楽笛・篳篥・琴・太鼓が一般のようですが、今日は笛・笙・琴・太鼓でした。色々なんですね。
しかし、あの独特なリズム・・・。雅楽は難しいですね。どうやってリズムをとっているのかしら?不思議です。
儀式で朝日子舞を舞う。その前の記念撮影。
ここの園児たちは、年長さんになると交代で色々な行事でこの「朝日子の舞」を拝殿で舞うのだそうです。
さすが、神社がやっている幼稚園♪
朝日子の舞。もともとは朝日の舞といって宮司さんが舞うものなのだそうです。
へえ~♪宮司さんも舞ったりするんですね。
けっこう日本人として長く生きていますが、知らない事がいっぱい。
日本ってまだまだ奥が深い感じがします。
けっこうあの恰好は憧れです。
拝殿で、儀式を拝見して、
とても現代社会の時間の流れではないですね。約一時間。感動の一時間でした。
プログラムの中に追儺の儀というのが行われた。
桃の弓で葦の矢を放ち、天・地・人に潜む魔障を退散させるという儀式です。
神事には色々な弓矢を使用して邪気を払っていたようですね。
例えば、家に男子が生まれると、桑の弓を用いて蓬(ヨモギ)の葉で羽を矧いだ矢を用いて、家の四隅に矢を放ち子どもの前途の厄を払ったのだそうです。
へえ~♪
貴重な一時間。儀式終了後、お神酒を頂戴し福豆を頂戴しました。
とても身が清められた感じです。
拝殿から外に出て、テレビでおなじみの豆まき。
楽しかったです。
しかし、拝殿で儀式に参加している大宮幼稚園の年中さんたち。とってもお行儀がよくて吃驚でした。
こういう神事にしょっちゅう参加しているんでしょうが、本当に大人しくて悪戯もせずに偉い偉いと思いました。
ここの子どもたちの中の誰かが来年の朝日子の舞を舞っているのでしょうね。
さて、帰宅して恵方巻きを食べました。もともとは関西の風習。私の子供の頃は恵方巻きなんて売っていなかったですけれどね・・・。
最近のトレンドらしいし・・・。
願い事を頭に浮かべて恵方に向かって無言で食べるのだそうですが、あまりに苦しくて・・・。
願い事など頭に思い浮かべる暇がありませんでした。
久々の米。美味しかったです。